文・写真/梅本昌男(海外書き人クラブ/タイ・バンコク在住ライター)

世界遺産に登録されているプレアビヒア寺院。

世界中の人が訪れる世界遺産のアンコールワット。12世紀にクメール王朝が建造した巨大な寺院です。カンボジアの象徴的存在で紙幣にも描かれています。

実はカンボジアにはこのアンコールワットの他、2つの世界遺産があります。アンコール遺跡より古い7世紀に建てられたサンボープレイクック寺院、“天空の寺院”という別名でも知られるプレアビヒア寺院です。

プレアビヒア寺院はカンボジア北西部、海抜625メートルのダンレク山の頂きにあり、タイとの国境を分かち合っています。ダンレク山の分水嶺はタイの領土側にあるという説もあります。この事から両国の間で長年に渡って帰属を巡っての争いが続いてきました。ちなみにタイではプラーサート・プラウィハーン寺院と呼ばれています。

このダンレク山の上に寺院がある。

1962年に国際司法裁判所がカンボジア領という決定を下し、一度は問題が解決。しかし、2008年に世界遺産に登録されたことで帰属問題が再燃。両国は軍隊を派遣し、にらみ合い状態が続き、死傷者も出ました。ついにはカンボジアのフン・セン首相はタイ軍が撤退しなければ戦争になるという発言をするまでの事態へと発展。

その後、2011年9月に当時のタイ首相がカンボジアを訪れ、休戦合意を交わすなどして、緊張は次第に緩和していきます。

私は同年の10月にプレアビヒア寺院を訪れました。アンコールワット観光の拠点となるシェムリアップの街の郊外にあるバスターミナルからバスを乗り継ぎ、ようやくダンレク山の麓へ到着。そこで寺院への入場券を購入し、山頂へと行き来する乗り物を手配します。

*現在、入場券は10アメリカドルで、往復乗り物代はバイク(1名)5アメリカドル、車(5名まで)10アメリカドルとなっています(注:カンボジアでは現地通貨のリエルとアメリカドルが両方使用されていて、特に外国人に対してはドルでの金額表示が一般的です)。

寺院の至る所に兵士がいた!

急こう配の土道をのぼって山頂へたどり着きましたが、そこで驚きの光景が広がっていました。カンボジア軍の兵士たちが遺産の至る所にいるのです!

駐留する兵士たちに緊張感はなく、みんな笑顔で接してくれた。

最初は自動小銃を抱えた彼らに怯えていましたが、よく見ると、その表情は和やか。ほとんどの兵士はやることもなく、ノンビリと同僚とおしゃべりをしたりタバコを吸っています。カメラを向けても、止められるどころかこんな笑顔で写真を撮らせてくれます。

寺院の外にはこんな風な掘っ立て小屋が建っていた。

山頂で長期間に渡って駐留しているためでしょう、境内の周囲に掘っ立て小屋を作り、そこに奥さんや子供と一緒に暮らしている兵士たちもいました。少し前には戦場になる瀬戸際だったとは想像できない、何ともほのぼのとした光景です。

参道の先に続く主祠堂。

肝心の寺院ですが、参道が真っすぐに約800メートル伸びており、その先に主祠堂があります。今も寺院として機能。信仰の対象になっていて、僧侶が在中し、参拝客が大勢訪れていました。

山頂まで拝みにやって来る敬虔な仏教徒たち。

カンボジア観光省に勤務する知人によると、主祠堂を含めて境内のあちらこちらで修復作業が行われていますが、観光に支障はないそうです。

高所恐怖症の人間は近づくことがためらわれる崖っぷち。

そして、寺院の先には空が広がっています。ご覧のように地平線を眺めることができる絶景。“天空の寺院”たるゆえんです。断崖絶壁で落ちれば絶体絶命、しかし、安全のための柵などは一切ありません。ちなみに、現在は申し訳程度の紐がポールで繋がれているそうです。

その後、2013年に国際司法裁判所が寺院の周辺の帰属が曖昧だった土地もカンボジア帰属と決定。問題は解決し、最低限の人数の兵士だけが警備を行っている状態です。

平和が訪れた“天空の寺院”は世界各国からの観光客が訪れる人気観光スポットになっています。

取材協力:西村清志郎

文・写真/梅本昌男
(タイ・バンコク在住ライター)。タイを含めた東南アジア各国で取材、JAL機内誌アゴラなどに執筆。観光からビジネス、グルメ、エンタテインメントまで幅広く網羅する。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」(https://www.kaigaikakibito.com/)会員。

 

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