文/池上信次
ここのところジャズの映像作品を紹介していますが、その理由のひとつは、なぜかCD作品に比べて、ないがしろにされているから。「ディスコグラフィー」には入らないことが多いですし(まあ字面どおりに受け止めれば、「ディスク」ではないということなのでしょうが)、そういった資料に残っていないと存在すら忘れられてしまうかも、という状況なので。「作品」というよりもライヴの「記録」のような作品もないわけではありませんが、映像抜きで音楽作品として聴いても、音楽作品と同じか、またはそれ以上に優れた映像作品はたくさんあります。
今回紹介するのは、チック・コリアの映像作品。チックは多作家で音楽作品はたいへん多いのですが、映像作品も積極的に多数制作、発表していました。
リストアップすると……
『アコースティック・コンサート』(1982年収録)
『クリスタル・ブレイク/チック・コリア&ゲイリー・バートン』(1982年発表)
『チルドレンズ・ソング』(1982年収録)
『ザ・ミーティング/チック・コリア&フリードリッヒ・グルダ』(1982年収録)
『エレクトリック・シティ/チック・コリア・エレクトリック・バンド』(1986年収録)
『ライヴ・アット・ザ・メンテナンス・ショップ/チック・コリア・エレクトリック・バンド』(1987年収録)
『ラウンド・ミッドナイト/チック・コリア・アコースティック・バンド』(1989年収録)
『インサイド・アウト/チック・コリア・エレクトリック・バンド』(1990年発表)
『チック・コリア・アコースティック・バンド』(1991年収録)
『タイム・ワープ』(1995年発表)
『バド・パウエルへの追想~ライヴ』(1996年収録)
『インターアクション/チック・コリア&ゲイリー・バートン』(1997年収録)
『ランデヴー・イン・ニューヨーク』(2001年収録)
『アルティメット・アドヴェンチャー』(2005年収録)
『デュエット/チック・コリア&上原ひろみ』(2007年収録)
『ザ・ミュージシャン』(CD作品付属のBD/2011年収録)
『ザ・マザーシップ・リターンズ/リターン・トゥ・フォーエヴァー』(CD作品付属のDVD/2011年収録)
このほかにモントルー・ジャズ・フェスティヴァルでのライヴ作品が3作ありますので、全部で20作品もあるんですね。
中でも注目すべき作品が『ランデヴー・イン・ニューヨーク』(ストレッチ)。これは、2001年にチック・コリアの生誕60年と活動40周年を記念してニューヨーク「ブルーノート」で行なわれたライヴを収録したものです。ライヴは3週間に渡って行なわれ、チックは、過去に率いていたグループの再結成など2日ごとに違うメンバーで出演しました。この連日ライヴのハイライトを集めた音楽作品は、同名のCDで発表されています。
CDは2枚組で、全部で9グループによる12曲が収録されているのですが、その映像版はなんとDVD10枚組。CDと同じ9グループの演奏がそれぞれDVD1枚に収録されていて、さらにドキュメンタリーDVDが1枚という構成(ドキュメンタリーはアメリカ盤のみ収録)で、総収録時間は7時間半を超えるという大作です。のちに1枚ずつ分売もされましたが、映像作品1作品としてこのヴォリュームは、ジャズでは間違いなく最大、ほかでもあまり例がないのではないでしょうか。CDなら「新録音」9枚組に相当するわけで、もしCDで出ていたら、キース・ジャレットのLP10枚組作品『サン・ベア・コンサート』(ECM)に次ぐ大ヴォリューム作品となったかもしれません。9グループのうち、「チック・コリア&ゴンサロ・ルバルカバ」だけはCDアルバムがありませんので、これが作品としては初登場。そのほかのグループは再結成、再共演となるわけですが、いずれも過去をなぞるような演奏ではなく、アップデート・ヴァージョンといえる「新作」になっています。要するにチックは、新作ライヴ盤を9枚いっぺんに作ったのです。
なかでも素晴らしいのは「スリー・カルテッツ・バンド」。これは1981年に録音・発表されたチックのアルバム『スリー・カルテッツ』の再演なのですが、演奏曲はオリジナル・アルバムと同じ4曲のみ。20年後の「完全ライヴ・ヴァージョン」となりました。81年当時はマイケル・ブレッカーもスティーヴ・ガッドもまだ「フュージョン」のイメージが強かった時代。その彼らが真っ向から4ビート・ジャズをプレイしたのがこのアルバムで、当初は賛否両論だったと記憶します。それが20年後にはいずれも「ジャズ」の巨匠として認知され、圧倒的な演奏を展開しています。これを独立したCDとして出していれば、チックの「還暦同窓会セッション」のひとコマではなく、「『スリー・カルテッツ』のアップデート・リユニオン・ヴァージョン」としてまた違った聴き方をされたのではないかと思います。
もちろん映像としての価値は大きく、「動く」マイケル・ブレッカー、そしてスティーヴ・ガッドをこれほど堪能できる作品は、ほかにはおそらくないでしょう。また、「ゲイリー・バートン・デュオ」「リメンバリング・バド・パウエル・バンド」「アコースティック・バンド」は、リストに挙げたように過去の映像作品も残っていますから、音楽の変化だけでなく、容姿(チックはヒゲや体格がよく変わる)や楽器の違いも見ることができます。図らずもこれはチックの長い活動歴をより感じさせるので、映像作品であることは活動40周年記念として大きな意味があるものともいえましょう。
文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』をシリーズ刊行中(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『ダン・ウーレット著 丸山京子訳/「最高の音」を探して ロン・カーターのジャズと人生』『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(ともにシンコーミュージック・エンタテイメント)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。