親が子どもに接するとき、「怒ってはいけない」と思っても、つい感情的に怒鳴ってしまうことがあるものです。こういった行動の背景には、親自身に原因があることがあります。そこで、福岡県北九州市の「土井ホーム」で心に傷を抱えた子どもたちと暮らしながら、社会へと自立させてきた、日本でただひとりの「治療的里親」である土井髙徳さんの著書『怒鳴り親 止まらない怒りの原因としずめ方』から、親自身が自分でできるアンガーコントロールと、怒鳴らない子育ての知恵をご紹介します。
文/土井髙德
子育てアンガーマネジメント
アンガーマネジメントの基本的なステップを大きく分けると、以下の3つになります。子育ての場面を想定して、それぞれのステップを解説していきます。
(1)「衝動」のコントロール|6秒間、衝動をガマンする
1つ目のステップは「衝動」のコントロールです。「怒り」を感じた瞬間に、火薬庫に火がつくようにすぐさま爆発させるのではなく、じっと待つ訓練をするというものです。
まずは、怒りが爆発しそうになったら、6秒間じっと耐えましょう。人は「怒り」を感じて物事の判別がつかなくなっても、6秒ほど経過すると理性が働いて客観的な判別ができるようになります。これを「6秒ルール」と呼びます。
時間を味方にしてもまだ怒りが収まらない場合は、その場を離れることをおすすめします。これを「タイムアウト」と呼びます。子どもの年齢×1分を基準として、親子で激しく言い合うなど緊張が高まった際に「タイムアウトしよう。お父さんは12分後に戻ってくる。それまでここにいなさい」と告げて離れることです。書斎で深呼吸をするも良し、近所を散歩して新鮮な空気を吸い、風に触れてみてもいいでしょう。開放的な場所で自然と一体になってみると、感情的になっていることが馬鹿らしくなって落ち着いてきます。
もちろん、時間が経っても場所を変えても、「怒り」という感情自体がなくなるわけではありません。それでも、時間や空間をうまく利用しながら、「怒り」を上手にコントロールする方法を覚えておけば、それは「怒り」に負けない自分を手に入れたも同然です。
(2)「思考」のコントロール|許容範囲を分ける
2つめのステップは「思考」のコントロール。「怒り」を感じた言動が「許せる」ことか、「許せない」ことなのか、客観的に評価するトレーニングです。
たとえば、相手が約束の時間に遅れることに「怒り」を感じやすい人は、何分までの遅れなら許せるのかという自分の許容範囲を決めておきます。同じようにさまざまなケースを想定して「許せる」「まあ許せる」「許せない」の3段階に分けてマッピングしましょう。
たとえば土井ホームでは、「5分前行動」を原則としています。大人も子どもも5分前に集合し、3分前に来ていなかったら年長の子どもが呼びに行きます。すると遅れていた子どもがあわてて駆けつけてきます。こうして支え合って自覚を促します。
暴力を伴うことは「許せない」ことに入りますから、場合によっては教師や児童相談所、スクールカウンセラーなどに入ってもらい、解決を図りましょう。父親と母親がよく話し合い、対処の方法をあらかじめ決めておくことです。毅然と「暴力は許されない。暴力があったら警察に通報する」と子どもに告げ、実際にそうした場面になったら通報をします。事前に交番に相談して、通報を数度繰り返すと暴力はなくなります。
「許す」「許せない」。こうした怒りの感情を壺の中の水と考えるならば、壺の中の水を見て「まだ」半分もあると思うのか、「もう」半分しかないと思うのか。壺の中の水の量は同じでも、見方次第で感情は大いに違ってきます。
仏教では怒りを瞋恚(しんい:怒りや恨みなどの感情)と呼び、「瞋恚去り難し家を守る狗の如し」という一節もあるほど。瞋恚は、なかなか自分から離れてくれないものであり、それはちょうど家を守っている犬が、その家からなかなか離れないのと同じである、と説いています。日本人が夢中になる忠臣蔵などの仇討ち話の根底には、こうした瞋恚が描かれており、それがドラマとしての面白さを醸し出すとともに、人間の感情の危うさを映し出していますね。
(3)「行動」のコントロール|関与の是非を決める
3つめのステップは「行動」のコントロール。ここでの入り口は、関与の是非です。まず、自分が関わるものと関わらないものとを決めます。これは人生においてトラブルを回避する上で非常に大切な考え方です。
たとえば、家庭や職場など親密な空間の人には関与しますが、道行く人には関与しませんよね。関与しない人には関与せず、関与すべき人には関与する……といった具合に、境界線を決めていきます。ここまでは関与するが、ここからは関与しない。こうした態度に徹するだけで多くのトラブルと、トラブルを引き起こす怒りから解放されます。
実際に、カナダのアルバータ州におけるDV加害者の更生プログラムには、自身と相手との境界線を知り、相手の境界線を尊重することを学ぶワークショップが取り入れられています。そのひとつに、2人で1組になり、1人が目を閉じて、その人をもう1人が隣の部屋の席までガイドをするというものがあります。目を閉じた人に、安心して席に着いてもらうことが目的です。同様に、1人が目を閉じて真後ろに倒れ、待機していた数人が倒れてくる人を受け止めるというものがあります。
これらのワークショップで、お互いにいろいろなことに気づきが生まれます。注目するのは、感情の動きです。相手の所作に反応してイラっとした。なぜ、自分は相手を引っ張りたいと思ったのか。相手が自分の言うことを聞かないのは、自分を見下しているのではないかと感じた……など、さまざまな思いを語る中で、何が自分の怒りの引き金になったかを認識するようになります。そして、他人との境界線を上手に引くことが怒りの爆発を回避することになると学びます。
関与するか、しないかで迷ったら、長い目で見たときに、あなたがそれに関わることが自分やまわりの人にとってしあわせかどうかを考えてみましょう。アンガーマネジメントでは、これを「ビッグクエスチョン」と名付け、判断のものさしにしています。
かつて土井ホームにいた大介の話をします。小学校から仲間と万引きを繰り返し、中学卒業前にホームにやってきた大介は、その後も万引き仲間と夜ごとに街に繰り出し、やがて深夜の侵入盗が発覚して、補導された過去があります。
問題行動が多かった大介との関わり方に悩んだ際、私は「大介の安心とは何か?」というビッグクエスチョンを自分に問いました。そして彼の「ハマってしまう」性質と「人との深い交流を嫌う」性質を最優先に考えて関わるようにしようと考えました。
たとえば大介は日中、自室に引きこもっていましたが、入浴や洗濯、掃除にハマっているので、皆が自室に引き上げた頃に出てきて作業を始めます。そこで私は、夜中に1人で食事をする大介の話し相手になったのです。
こうした静かな歩み寄りが、大介にとっては自分を尊重してくれる心地良い境界線となったのでしょう。やがて彼は高校への復学を志願するようになり、アルバイトを始め、給料の1割をホームで使ってくださいと申し出てくれるまでになりました。そして、彼が20歳を迎える誕生日の前日に自立していきました。
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『怒鳴り親 止まらない怒りの原因としずめ方』(土井髙德 著)
小学館 9月29日発売
土井髙德(どい・たかのり)
1954年、福岡県北九州市生まれ。一般社団法人おかえり基金理事長。学術博士。福岡県青少年課講師、産業医科大学治験審査委員。心に傷を抱えた子どもを養育する「土井ホーム」を運営。実家庭や児童福祉施設で「養育困難」と判断された子どもたちとともに暮らし、国内では唯一の「治療的里親」として処遇困難な子どものケアに取り組んでいる。その活動はNHK「九州沖縄インサイド」、「福祉ネットワーク」、「クローズアップ現代」で特集されたほか、テレビ東京、読売新聞、西日本新聞などで紹介されるなど全国的に注目を集めている。ソロプチミスト日本財団から社会ボランティア賞、福岡キワニスクラブから第24回キワニス社会公益賞、北九州市表彰(社会福祉功労)を受賞。著書に『思春期の子に、本当に手を焼いたときの処方箋33』(小学館新書)など。