親が子どもに接するとき、「怒ってはいけない」と思っても、つい感情的に怒鳴ってしまうことがあるものです。こういった行動の背景には、親自身に原因があることがあります。そこで、福岡県北九州市の「土井ホーム」で心に傷を抱えた子どもたちと暮らしながら、社会へと自立させてきた、日本でただひとりの「治療的里親」である土井髙徳さんの著書『怒鳴り親 止まらない怒りの原因としずめ方』から、親自身が自分でできるアンガーコントロールと、怒鳴らない子育ての知恵をご紹介します。

文/土井髙德

親に原因がある場合

虐待する親と話していると、一見同情の余地のない鬼のような行動の背後に「傷ついた」体験、癒やしきれない「痛み」が隠されていることに気づきます。つまり、虐待する親はかつては虐待された子どもであったわけです。親の内面に、傷ついたまま成長しきれない子どもの自分がいて、目の前の現実の子どもの行動が引き金(トリガー)となって怒りの感情が噴出しているのです。

子どもへの親の接し方には、自然と親自身の生き方やものの見方が反映されます。子どもの前では冷静な対応が求められ、怒りの感情を抑制することが重要です。しかし頭ではそう理解できていても、なかなかうまく実行できないという人が少なくありません。

自分自身の過去の問題をひきずっている人は、幼少期に形成すべき基本的な自己信頼感と他者への信頼感が未成熟で、人格の基本が形成できずにいることが多く、子どもとの関係でも怒りの感情を噴き出してしまいがちです。

お酒に浸る父親、借金癖のある父親を嫌悪していたのに、結婚してみたら夫も父親と同じタイプの男性であったというケースはよくあります。虐待的関係性の再演、トラウマの反復強迫といわれる現象です。

「ピンクの象のことを考えない」という話をご存じですか? ピンクの象のことを考えないように集中すると、ますますピンクの象のことを考えてしまうという心理のたとえです。同様の心理は子育てでも働きがちです。「怒鳴ってはいけない」とわかってはいるのに、いざとなるとブレーキが利かずわが子を怒鳴っている……。そして、後悔して落ち込んでしまうというパターン。「怒鳴ってはいけない」と思えば思うほど、負の思考のスパイラルに陥ってしまうのです。

傷つく前に自分を守っている

人は、受け入れがたい出来事に際して、無意識に否認、防衛、攻撃、抑圧、逃避、退行などの行動を示します。19世紀の精神分析家ジークムント・フロイトはこれらの行動を、自らを守るために備えている防衛メカニズム「防衛機制」と名付けました。

人は、あまりにも不快な事実に直面した際に、圧倒的な証拠が存在するにもかかわらず、それを真実だと認めず拒否することがあります。否認です。

しかし、それでも不安が軽減できない場合には、もっともらしい理由や理屈をつけて正当化したり、無意識に抑え込んで忘れたものと思い込んだりします。

かつて、虐待問題をライフワークとして追いかけている新聞記者と話をしているとき、その方が涙を流しながら、父親の暴言に心を痛めていた自身の過去を吐露したことがありました。虐待という社会問題を追いかけることで、無意識に自己の問題を解決しようとしていたのです。福祉活動を目標にしている学生と話している際にも、同じような反応がありました。虐待を防止する活動の動機に、自身の親子関係が反映されていたのです。

このように、無意識のうちに内面に閉ざされた問題を解決しようとすることは、決して悪いことではなく、あってしかるべきものです。しかし、それでも解決できない場合やその心理的な問題を突然刺激された場合には、そうした防衛機制ではなく、衝動的な攻撃や破壊で緊張を解消しようとします。この攻撃や破壊のエネルギーになるのが怒りです。

子どもの問題は、親の問題

子どもが、言葉にできないつらさや寂しさを身体で表現するのはよくあることです。思春期に見られるリストカットは、身体を傷つけることで過大なストレスなど精神的な困難を乗り越えようとする自傷行為ですが、じつは、自らを傷つけると鎮痛効果として、脳内でエンドルフィンやエンケルファリンという麻薬性の脳内物質が分泌されることがわかっています。心の痛み、つらい感情を紛らわせるために、自らを傷つけているのです。その意味で、心と身体は密接につながっています。

また私が関わったある兄弟は、兄は「偽てんかん」、弟は「非行」という形で言葉にできないつらさを表現しました。彼らの両親には離婚の話が出ていたのですが、子どもが目の前で発作で倒れたら、対立し争っている夫婦も協力せざるを得ませんし、学校や警察から呼び出しがきたら、会話をしなければなりません。兄弟は自分たちの家庭が崩壊の危機に陥ったとき、それぞれの方法で何とか守ろうとしたのではないか。そんなふうに、私は感じました。

このように、子どもの問題に夫婦や親、家庭環境の問題が隠れていることはよくあります。親がそれに気づくと、子どもへの対応はまったく違ってきます。子どもにだけ原因を求めるのではなく、親が自分自身を振り返り、家族のありようを考えることで、家族再生のきっかけができた例は少なくありません。親の態度に少し変化が出てくると、子どもの態度にも必ず変化が生まれてきます。

* * *


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土井髙德(どい・たかのり)
1954年、福岡県北九州市生まれ。一般社団法人おかえり基金理事長。学術博士。福岡県青少年課講師、産業医科大学治験審査委員。心に傷を抱えた子どもを養育する「土井ホーム」を運営。実家庭や児童福祉施設で「養育困難」と判断された子どもたちとともに暮らし、国内では唯一の「治療的里親」として処遇困難な子どものケアに取り組んでいる。その活動はNHK「九州沖縄インサイド」、「福祉ネットワーク」、「クローズアップ現代」で特集されたほか、テレビ東京、読売新聞、西日本新聞などで紹介されるなど全国的に注目を集めている。ソロプチミスト日本財団から社会ボランティア賞、福岡キワニスクラブから第24回キワニス社会公益賞、北九州市表彰(社会福祉功労)を受賞。著書に『思春期の子に、本当に手を焼いたときの処方箋33』(小学館新書)など。

 

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