取材・文/沢木文
結婚25年の銀婚式を迎えるころに、夫にとって妻は“自分の分身”になっている。本連載では、『不倫女子のリアル』(小学館新書)などの著書がある沢木文が、妻の秘密を知り、“それまでの”妻との別れを経験した男性にインタビューし、彼らの悲しみの本質をひも解いていく。
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お話を伺ったのは、義幸さん(仮名・65歳・歯科医院経営)。16歳年下の恋人であり仕事のパートナーであった女性(49歳)が、コロナ禍を機に義幸さんのところを去って行った。
【その1はこちら】
大晦日の夜、男と女として向き合って
大晦日にクリニックにいた義幸さんを、泥棒と間違えた彼女は、緊張の糸が切れたのか、泣き始めた。
「そのあと大笑いしちゃってね。あれはなんというか、インレー(歯の詰め物)が何の調整もせずに、パチッと合うような瞬間だったんだよね。彼女のことは全く好みではないし、性欲を感じたこともなかった。でもあの時僕は38歳で、たったひとりで大晦日を過ごしていて、寂しかった。けれど、女性なら誰でもいいわけではない。もちろん、当時も寝る相手はいた。でも、それをしたら、余計に虚しくなることはわかっており、一人の時間を過ごしていた。そして、目を開けたら目の前に彼女がいた」
義幸さんは自宅マンションに彼女を連れて行く。そして男女の関係になり、正月明けまでずっと一緒にいた。
「彼女は幼いころに両親を亡くし、親戚の家で育てられた。兄妹もいなくて天涯孤独。誰よりも早く大人になっているから、気が回るし、人の気持ちもわかる。でも彼女が自分自身の気持ちがわからなかった。彼女の心は固く閉ざされており、つぼみを少しずつ開いていくように接し、気が付けば正月が終わっていた」
新年に出勤すると、衛生士たちは「そうなると思いましたよ」と祝福してくれた。
「それからほぼ30年間ずーっと一緒。夏は一緒にハワイやラスベガスに行って、正月は彼女が作った雑煮を食べながら家で過ごしていた」
交際から半年で、2人は半同棲を始める。昼は職場で一緒、夜は家で一緒。24時間一緒に過ごす生活が始まる。
「彼女がどうしても自分の家は維持していたいと言うので、近所の中古の1Kのマンションを購入してプレゼントした。彼女は恐縮していたけれど、僕にとってはなんでもなかった」
男女の関係になって、6年目。27歳の彼女は「結婚してほしい」と言い出した。
「そのときに、久しぶりに結婚していたことを思い出した。そのくらいどうでもいいことなんだよね。“僕、結婚しているんだよ”と言うと、彼女の顔が真っ白になった。戸籍上の妻と何十年も会っていないという事情を説明したら“そうですか”と泣かれた。その後、彼女から別れを切り出された」
義幸さんは追わなかった。その理由は簡単だ。同世代の男と上手くいかないことがわかっていたからだ。
「短大を出てそこそこの、男性経験がない女性が、16歳年上の僕と恋愛していたんだから。余裕と金がある大人の男に父親のように甘えていたら、等身大の恋愛なんて、できなくなるよ」
予想通り、3日もしないうちに帰ってきた。
「僕が結婚していることについても、だんだん言わなくなっていった。その後、彼女が35歳、40歳のときに別れ話を切り出されたけれど、やっぱりすぐに戻ってきた。おそらく、彼女は僕しか男を知らなかったはず」
【仕事でも家でも一緒、現実的な妻であり、財産分与も進めていたが…… 次ページに続きます】