ようこそ、“好芸家”の世界へ。

「古典芸能は格式が高くてむずかしそう……」そんな思いを持った方が多いのではないだろうか。それは古典芸能そのものが持つ独特の魅力が、みなさんに伝わりきっていないからである。この連載は、明日誰かに思わず話したくなるような、古典芸能の力・技・術(すべ)などの「魅力」や「見かた」にみなさんをめぐり合わせる、そんな使命をもって綴っていこうと思う。

さあ、あなたも好事家ならぬ“好芸家”の世界への一歩を踏み出そう。

第8回目は講談の世界。近年スターが生まれてブームもやって来た日本の伝統的話芸のひとつ講談、その本質的な魅力をご紹介しよう。

文/ムトウ・タロー

講釈台。この講釈台を前に数多くの講談師たちが観客を物語の世界へ誘っていった(令和4年3月11日開催「相伝の会」(あうるすぽっと))。
撮影:橘 蓮二、写真提供:公益財団法人としま未来文化財団

有名な物語は講談の題材だった

「講談師見てきたようにうそをつき」

一流の講談師を称賛する言葉である。

「赤穂義士の討ち入り」「四谷怪談」「巌流島(がんりゅうじま)の戦い」……。日本人なら一度はその内容を聞いたことがあるかもしれない物語。これらの多くは講談の代表的題材なのだ。

聞き覚えのある物語が、講談師によって語られ続けてきたものだということ。それは、私たちがこの話芸の恩恵を知らず知らずに受けているということである。

「世間坊賎丸講釈図(せけんぼうしずまるこうしゃくず)」。講釈師が釈台の前で読んでいる。釈台の下には多くの客が色々しゃべりながら講釈を聞いている。画像右上にもある「軍談」とは足利幕府の成立にからむ物語『太平記』や『三方ヶ原軍記』など、現代でも講談の演目として人気が高い「軍記物」を意味している。
写真提供:東京都立図書館

講談師は「ストーリーテラー」

日本の話芸としてよく知られているのは、やはり落語である。この落語と同じように、講談もまた座布団の上に座り、観客に向かって話を披露する。似ているようで、この二つ、明確に違う。

落語は2人以上の登場人物が織りなす会話劇。これに対して講談は、ひとつの物語を語る劇、講談師は「プレイヤー」ではなく「ストーリーテラー」なのである。

もちろん劇の中には登場人物のやり取りがあり会話劇の場面がある。しかし主軸は物語のストーリーを語ること。

さらには情景描写も講談の大事な要素。決闘の場面などは事細かに登場人物の動きをハッキリと、そして小気味よく畳みかけるように語るのが講談の醍醐味である。

それを生み出しているのが、講談師が手にしている「張扇(はりおうぎ)」。膝隠しを備えた小さなテーブルのような「釈台」の前でリズム良く「張扇」を打って、語りに抑揚を生み出していく。

講談の特性である「張扇」を打つ神田愛山。リズムを取りながら、講談師たちは滔々と物語を語る。
撮影:橘 蓮二、画像提供:公益財団法人としま未来文化財団

物語の「生命力」を感じさせる語り

講談師によって語られる物語は、物語の中で魂を宿した人間がひとり、またひとりと現れてきて、目の前でその人生を全力で生きている。講談師は鬼気迫る語りで、人間たちの魂をリンクさせて、その人生を描き出す。

それはやがて、物語そのものに魂が宿り、「鼓動」を打ちはじめていく。魂の入った物語に向き合う私たち観客の感覚は、出来事を目の前で見ているような臨場感から、己が物語の世界にいるような没入感へと変わっていく。この体感こそが、講談の持つ物語の生命力を感じることなのである。

現代に生まれた講談界のスター・六代目神田伯山(前・神田松之丞)。物語が語り手に「憑依」しているかのような彼の魂の語りが、講談界に再び明るい光を照らしている。
撮影:橘 蓮二、画像提供:公益財団法人としま未来文化財団

スター誕生による明るい光

明治以降、講談「中興の祖」と言われている二世 松林伯圓(しょうりんはくえん)や桃川如燕(ももかわじょえん)、三世 一龍齋貞山(いちりゅうさいていざん)など、数多くのスター講談師が世に輩出されてきた。

近年、六代目 神田伯山(かんだはくざん、元・神田松之丞)という稀代の大スターが彗星の如く現れ、盛り上がりを見せる講談界。

この9月には師匠であり人間国宝の神田松鯉(かんだしょうり)の「親子」(師匠と弟子の意味)で歌舞伎座の舞台に上がった。一人の人間へのスポットライトが、講談界全体を明るく照らしはじめた。

他の歴史ある芸能と同じく、講談にもまた衰退の時期があった。娯楽の多様化が進むにつれて、「時代の流れ」による「存続の危機」という、避けては通れない壁に直面してきたのだ。

しかし、六代目 伯山本人が「絶滅危惧職」と揶揄した時代は過ぎ去り、時代が講談をまた認知しはじめている。それは苦難の中でも、物語や語りの技を受け継いでいくものが、僅かでも存在していたからこそ。いわゆる「相伝」である。

観客に対して深々と頭を下げる神田伯山。「令和の伯山」と兄弟子・神田愛山も語っているが、歴代伯山と肩を並べ、超えていくには、これからも芸を磨いていかなければならない。未だ、頂を目指す途上である。
撮影:橘 蓮二、画像提供:公益財団法人としま未来文化財団

「相伝」が未来をつくる

今年3月に東京・池袋のあうるすぽっと行われた「相伝の会」は、文字通り、目の前で「相伝」を見ることのできる場だった。

神田伯山が兄弟子である神田愛山から新たな演目を習得し、次の公演で披露する、これを繰り返し続けていく特別な公演。

そしてこの会では、神田伯山にあこがれて門を叩き、「開口一番」(前座)で、まず入門したものが学ぶ「三方ヶ原軍記」を披露した神田梅之丞の姿もあった。彼もまた、「相伝」の世界へ足を踏み入れ、講談師としての人生を歩んでいく。

師匠が語る物語を弟子はその体に染み込ませるか如く己の芸として身に着ける。そしてまた自らの弟子に同じように伝えていく……。伝統芸能はそうやって今日までその生命(いのち)と精神を綿々と繋いできたのである。その軌跡こそが、講談の新たな未来の創造につながっていくのだ。

文/ムトウ・タロー
文化芸術コラムニスト、東京藝術大学大学院で日本美学を専攻。これまで『ミセス』(文化出版局)で古典芸能コラムを連載、数多くの古典芸能関係者にインタビューを行う。

※本記事では、存命の人物は「〇代目」、亡くなっている人物は「〇世」と書く慣習に従っています。

 

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