文/鈴木拓也

大隅半島から約60kmの沖合に位置する、世界自然遺産・屋久島。
丸い島の海岸線には集落が点在するが、そこから少し内陸に入れば、峨峨たる山々がそびえ立つ。その最高峰は宮之浦岳であり、標高1936m。九州地方でも一番高い山となる。これを含めた屋久島三岳は、「ひと月に35日も雨が降る」とまでいわれる豊富な降雨量とあいまって、独特の植生を育んでいる。
その代表格が「屋久杉」だ。屋久杉とは、樹齢千年を超える杉の総称。主に標高500mあたりより高い位置に自生している。なかでも目を惹く樹形を持つものは、著名木として観光パンフレットなどでよく目にし、多くの観光客を引き寄せる。

屋久島は“平地の絶景木”の宝庫

筆者は、写真修行を兼ね、今年の2月から屋久島に滞在している。もちろん、樹齢約2700年の縄文杉や、白谷雲水峡の屋久杉群が目当てだった。しかし、こうした著名木のある場所は、夜明け前に出発するバスで登山口まで行き、そこから何時間も山道を歩く……といったようなところばかり。もちろん、有名どころは観光整備されており、「道なき道を登る」というほどではないが、体力・気力・覚悟はそれなりに要る。ましてや、コロナ禍で出不精のデスクワーカーと化した自分には、途轍もなくハードルが高い。
そこで目をつけたのが、平地に生えているマイナーな巨樹。島を一周する県道から、ちょっと脇にそれただけで出合えるガジュマルやアコウといった古木は、屋久杉以上に人の心をとらえる魅力があるのだ。筆者は、これらの木を“平地の絶景木”と名付け、たまの外出日に訪れるようになった。これから、その一部を紹介しよう。

猿川のガジュマル

安房港から7kmほど南下し、「猿川のガジュマル」と書かれた看板のある側道を入っていくと、こじんまりとした駐車スペースがある。そこから草をかきわけ5分ほど歩くと、突如として奇怪な景観が目にとびこんでくる。これが「猿川のガジュマル」だ。

曲線の枝が縦横無尽にのたうつ様は、まさに圧巻。もっと南の沖縄でも、ここまで凄みのあるガジュマルはそうないだろう。人はめったに来ないので、秘境感があるのもいい。晴天日の日没寸前が、鑑賞のベストタイムとなろう。

中間ガジュマル

ウミガメの産卵地として知られる栗生(くりお)浜の手前、中間(なかま)集落にこのガジュマルがある。実際そこには、数本のガジュマルが立つが、異彩際立つのが中間橋たもとの白いガジュマル。細い道を跨ぐようにアーチ状をなしており、そのアーチの下がフォトスポットとなっている。

大半の人は見落としてしまうのだが、アーチをくぐって数分歩くと、中間川に張り出すように別の巨樹がある。こちらも、なかなか見応えがあるので、ぜひ訪れたい。

小島神社の“御神木” 

先に紹介した猿川のガジュマルと中間ガジュマルのおおむね中間地点、県道のすぐそばに小島(こしま)神社が見える。神社の創建年代は不詳だが、岩に刻まれた説明では「応仁の末頃一時社殿荒廃」とあるから、相当前からある古社なのだろう。
素朴な作りの社殿のそばに、古々しい木が生えている。根本には小さな祠があり、そうとは明記されていないが御神木として祀られてきたのだろう。ただそばにいるだけで、神聖さを感じさせる。

尾之間温泉の林道

屋久島の名泉・尾之間(おのあいだ)温泉の右手に、林道の入り口が見える。それは、観光名所・蛇之口滝に通じる道だが、同時に“絶景木”の一大名所でもある。林道の左右には、そうした木々が散在し、思わず奥へ分け入ってしまう。ハイライトとなるのがアコウの大木(下の写真1枚目)だが、さすがにそこまで来るには、足腰の強さに自信が必要。だが、その手前の樹々でも、一見の価値あり。

尾之間文化の森

尾之間温泉から1kmほど県道を北上した地点に「尾之間文化の森」への入り口がある。終戦間際に、空襲を避けるため近在の住民がここに疎開したのは、身を隠せるほどの巨岩が多数あったからだという。
戦争が終わって80年近く経ち、散策路として多少整備されたここには、多くの“絶景木”がある。おびただしい気根が宙を這い、ひねくれたような枝が互いにからまりながら、かつて防空壕代わりとなった岩々を覆い尽くし始めている。観光客はもちろん、地元の人もあまり来ない場所なため、静寂が支配された異空間を満喫することができる。

盛久神社の夫婦アコウ

盛久(もりひさ)神社の名は、平家の武将・平盛久にちなむ。伝説であるが、盛久は、壇ノ浦の戦いで敗れて屋久島へ落ち延びる途中で落命。その後、この神社で祀られるようになったという。
境内には、見上げるほどの夫婦(めおと)アコウがある。2本のアコウが合体して、巨人の両脚のような姿になった。安房港からほど近く、その名も盛久神社というバス停がありアクセスは容易。

ところで、視点を少し樹木からずらしてみると、屋久島には思いのほか花々が多いことに気づかされる。冬が終われば、ブーゲンビリアやハイビスカスのような南国の定番だけでなく、ノボタン(野牡丹)やリンゴツバキといった、他地域ではあまり見られない美しい花が沿道に咲き誇り、目を楽しませてくれる。“絶景木”めぐりの際は、こうした花にも意識を向けてみよう。旅がより充実したものになるはずだ。

文/鈴木拓也 老舗翻訳会社役員を退任後、フリーライター兼ボードゲーム制作者となる。趣味は神社仏閣・秘境巡りで、撮った映像をYouTube(Mystical Places in Japan)に掲載している。

 

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