文/印南敦史
定年を迎えてからというもの、自分の家にいるだけなのに、居心地が悪く感じたり、居場所がないような気がする――。そんな方は決して少なくないはずだ。また、なにかをしたいという気持ちはあるのに、なにをしていいのかがわからないという人もいるかもしれない。
そんな男性には、ぜひとも「老前整理」をしていただきたいと主張するのは、『定年男のための老前整理』(坂岡洋子著、徳間書店)の著者、板岡洋子さんである。
定年という節目に、残りの人生を整理する
しかし、そもそも老前整理とはなんなのか? この点について著者は、「人生の節目を迎えたときに頭と心の整理とともにモノの整理をすれば、次の暮らしが見えてくる、というもの」だと答えている。
感覚的には、少し前に流行った「断捨離」に近いかもしれない。しかし違うのは、定年という節目に、残りの人生を見なおすことを目的にしている点だ。
ところで著者が老前整理の必要性を感じたことには、大きな理由があるのだそうだ。老前整理を提唱する「老前整理コンサルタント」として著者の原点、つまり在宅介護の現場にいたことがきっかけだったというのだ。
きっかけは、体の自由が利かなくなっているにもかかわらず、モノにあふれて生活している“要介護”の人たちと多く接してきたこと。その結果、「気力・体力ともに充実しているうち、すなわち老いる前に、きちんと整理することが大切なのだ」という考えに至ったというのである。
たしかに、そのとおりかもしれない。体も動かせないのに、使わないモノにただ囲まれているだけの状態は、どう考えても不健全だ。しかし整理が目的になるのであれば、「なにをしていいのかがわからない」という状態からも脱却することができるだろう。理屈ではなく、「やってみる」ことが大切なのかもしれない。
ただし、著者のいう「モノを減らす」とは、テクニックの問題ではない。「小物を活用して効率的にモノを詰め込む」というようなことではなく、考え方なのだ。
しかも重要なのは、自分が納得して手放すこと。誰かにいわれたからそうするのではなく、これから充実した人生を送っていくうえで、「果たしてそれはどうしても必要なモノなのか」を、自分でしっかり判断していくことが大切だということだ。
つまり、本書のいう「生前整理」は、必ずしもモノだけの話ではないのだ。自分自身のなかで「これからどのように生きるべきか」「どのように生きたいか」が明確にならない限り、「必要かどうか」の取捨選択ができないということ。今後の人生を見つけていくこと、それ自体が老前整理なのである。
もちろん、「そういわれても、自分がなにをやりたいかなんて、すぐにわかるものじゃないよ」と反論したくなっても不思議はない。しかし、それでいいのだ。なぜなら著者もいうように、突然、まるで悟りを開いたかのように道が決まるわけではないのだから。
目に映るモノひとつひとつと向き合い、「必要なのか、不要なのか」を判断していく。そんな作業を繰り返していくうちに、自分のやりたいこと、やり残したこと、希望する暮らしなどがおのずと明確になってくるというのである。
しかし、それでも「どうしても捨てられない」というような壁にはぶち当たってしまうことはあるのではないだろうか?
5W1Hの自問自答で要・不要を決める
著者によればその原因は、「いつか使えるかもしれない」「やはりもったいない」「後から『捨てなければよかった』と後悔しそうだ」「なおせばまた使える」といったようなこと。しかし、それらがどれも現実的でないことは、誰の目にも明らかだ。
だが、それでも判断に迷ってしまうことはあるものである。そんなときには、決断力を養うために5W1H、つまり「What(なに)、Why(なぜ)、When(いつ)、Where(どこで)、Who(誰が)、How(どのように)」による問いを投げかける習慣をつけるべきだと著者はいう。
【What】 これは、なに? (洋服? 時計? 実際に使っている?)
【Why】 なぜ、取っておくの?(便利? 素敵に見える? どうしてこれが必要なの?)
【When】 いつ、必要なの? (着るの? 使うの? “いつか”はいつ?)
【Who】 誰が、使うの? (私が? 家族が? 誰が使うの?)
【How much】 いくらしたの? (高かった? 安かった? いまの価格は? 価値はあるの?)
以上の5W1Hで自問自答すれば、自分自身とモノの関係が明確になっていき、要・不要の判断もつきやすくなるということだ。
本書が提案する老前整理は決して難しいものではない。それどころか自分の考え方や好みを反映させやすいだけに、老後の取り組みとしても最適である。結果的に、好奇心を刺激させられることにもなるだろう。老前整理、なかなか侮りがたい。
【今回の定年本】
『定年男のための老前整理』
(坂岡洋子著、徳間書店)
文/印南敦史
作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。音楽雑誌の編集長を経て独立。複数のウェブ媒体で書評欄を担当。雑誌「ダ・ヴィンチ」の連載「七人のブックウォッチャー」にも参加。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)などがある。