誰かとともに何かを行う時、その人の本質を見抜いて対応できると、役に立つことがあります。「そんな人だとは思わなかった」と思わず口に出したくなる時もあれば、反対に、全くあてにしていなかった人に大いに助けられる時もあります。人を見る目のなさを感じるのは、よくも悪くも、自分の見立てと相手の行動が大きく異なる時です。
人生経験を積んで来られたサライ読者の皆様は、人の本質とは、いかようなものだと思われるでしょうか。
長い時間をともにした会社の仲間や家族では、あたりまえのことも異業種の人や肩書を外した関係だと、相手が一体何を考えているのか、わからないこともあります。人の評価も全く違い、これまで、自分が培ってきた人を見る目や、人の行動を評価する軸がまったく役に立たない場合もあります。
相手がどんな人であっても、その人の本質を見抜くには、どうすればよいのでしょうか? 今回とりあげる“渋沢栄一 心のことば”を参考にしてください。渋沢栄一の人物観察法が紹介されています。
渋沢栄一の心を読み解く
視、観、察の3つを以って人を識別せねばならぬ
この言葉の意図するところは……
渋沢栄一は、論語「為政第二」にある「子曰。視其所以。観其所由。察其所安。人焉廋哉、人焉廋哉。(子曰く、其の為す所を視、其の由る所を観、其の安んずる所を察すれば、人焉んぞ隠くさんや、人焉んぞ隠くさんや)」をもとに、「視」「観」「察」の3つのことばによる人物観察法を説いています。
「視」も「観」も「みる」と読みますが、栄一はその意味を次のように使い分けています。
「視」:まず、肉眼の「目」で、人の外部に現れている「行為」をそのまま「視る」こと。行為そのものの善悪や正しさ、誤りを判断します。
「観」:次に、「視る」ことで外部に現れた行為の「動機」について「観察」すること。なぜそのような行為をとるのか、肉眼で見るだけでなく、その人の心の中に分け入って、「心眼」で「観る」というわけです。
「察」:最後は、「行為」と「その動機」から、その人が何に満足して、どのように暮しているのかを「察する」力を持つこと。その人が何をもって満足を得る人なのかがわかれば、人としての本質が明瞭になります。その本質は「隠そうとしても、隠し得られるものではない」と栄一は説明しています。
一見の行為が正しく見えても、行為の動機である「精神」が正しくなければ、正しい人であるとはいえない。また、「行為」も「動機」も正しくても、満足することが腹いっぱい食べて、気楽に遊び暮らすことでは、「誘惑に陥って意外の悪を為すようにもなる」と栄一は読み解きます。「行為」と「動機」と「満足する点」の三拍子がそろって正しくなければ、「人は徹頭徹尾永遠までも正しい人であるとは申しかねる」と人を評します。
年を重ねると、多くの人が自分に合わせてくれるようになり、自分自身が無理して他人に合わせることは少なくなります。自分への気遣いや所属する組織やグループの慣習に従って相手は行動しているだけで、その人の本質は隠されているかもしれません。
時代の流れの中で、「正しさ」についての考え方が変わってしまうこともあります。変化の激しい今、人の言動の多様性を受け止め、理解し、相手の本質を見抜くのは至難の業と言えるかもしれません。そんな時、あえて自分の色眼鏡は外して、渋沢栄一の「視る」「観る」「察する」の3つの観察法を実践いたしませんか。
渋沢栄一ゆかりの地
第七回目の「渋沢栄一、ゆかりの地」では、幕臣だった渋沢栄一が仕えた最後の将軍・徳川慶喜の弟で、水戸藩最後の藩主の徳川昭武が晩年を過ごした「戸定邸(とじょうてい)」をご紹介します。
慶応3年(1867)、フランス・パリでの「万国博覧会」に日本が初参加。江戸幕府最後の将軍・徳川慶喜の弟で、当時14歳の徳川昭武(水戸の民部公子)が将軍名代として出席することになります。27歳の渋沢栄一は会計係兼書記として、警護役の水戸藩士たちとともに昭武に随行し、人生初の海外渡航を経験します。
明治維新が起き、急遽帰国するまでの1年半ほど、栄一はヨーロッパの社会制度を視察する機会を得て、その経験が栄一の実業家としての人生に大きな影響を与えます。その後、昭武は再び、明治9年(1876)渡米、フランスへ再留学、明治14年(1881)帰国。明治16年(1883)に家督を養子に譲り、松戸に隠居し、後半生を過ごしたのが「戸定邸」です。
戸定邸は明治17年(1884)に建築され、明治期の徳川家の住まいがほぼ完全に残る唯一の建物として国指定重要文化財に指定されています。敷地の約3分の1は「戸定が丘歴史公園」として公開され、緑の中、昭武と慶喜の資料を展示する戸定歴史館もあり散策を楽しめます。 明治30年代には、慶喜も何度か訪れ、昭武とともに趣味の写真撮影などを楽しんだと言われています。
戸定歴史館(戸定邸)
住所:千葉県松戸市松戸714の1
アクセス:JRまたは新京成線「松戸」駅東口下車徒歩約10分
見学時間:9時30分から17時まで(入館は16時30分まで)※戸定が丘歴史公園は9時から17時まで入園できます。
休館日:月曜日(祝日の場合はその翌日)、年末年始(12月28日から1月4日まで)、歴史館のみ展示替え期間
入館料:(一般)戸定邸250円、歴史館150円、共通入館料320円
問い合わせ:047-362-2050
HP:https://www.city.matsudo.chiba.jp/tojo/
肖像画・アニメーション/もぱ・鈴木菜々絵・貝阿彌俊彦(京都メディアライン)
文/奈上水香(京都メディアライン)
HP:http://kyotomedialine.com
Facebook:https://www.facebook.com/kyotomedialine
引用・参考図書
『渋沢栄一 100の訓言「日本資本主義の父」が教える黄金の知恵』渋澤健/日経ビジネス人文庫
デジタル版「実験論語処世談」/渋沢栄一(公益財団法人渋沢栄一記念財団)