「人生100年時代」と言われています。『サライ.jp』読者の皆さんは、100歳から今のご自身の年齢を引くと、何年になるでしょう。50歳の方なら50年。これまで生きてきた年数と同年、まだ人生の折り返し地点ですね。80歳の傘寿の方なら20年。赤ちゃんが大人に成長するほどの長い時間です。一方で、若い頃とは違って「老い」を前にすると、どうしようもないと頭ではわかっていても心配になります。
以前はできていたのに、できないことが気になります。そして、病を得たり、自分と周囲の価値観があわなくなるなど、若い頃には思いもよらなかったことに直面します。「老兵は死なず。ただ消え去るのみ」などと、勇ましい言葉をつぶやいてみたり、いくら考えても解決しないことに気持ちがとらわれてしまうこともあるかもしれません。そんな時、皆さんはどのような対処方法をお持ちでしょうか?
「人と話す」「犬と遊ぶ」「旅に出る」「本を読む」「お酒を飲む」「ゴルフに行く」など、ご自分が好きなことを試しても、心配事が消えない時、今回とりあげる“渋沢栄一 心のことば”を参考にしていただきたいです。心配をくだらぬこととして、とり除く方法が紹介されています。
■渋沢栄一の心を読み解く
この言葉の意図するところは……
「神経質に、よくないこと、くだらないことを考えて、心配ばかりしていると、健康を大きく害する。心配事をとり除くには、学問をするしかない。自分の知性を高め、品性を磨き、道を修めて徳を積むこと。自己の人格形成に努めること」
若者に学問による精神の修養を説いている訓言ですが、サライ世代の皆さんにもぜひ取り入れていただきたい対処方法です。学問を修めることで、自分が成長し、とらわれ続けた心配事は消えるというわけです。
自己啓発や自己実現のために、生涯にわたって主体的に学習を継続する「生涯学習」という考え方があります。それに加えて、最近は「社会人の学び直し」の意味で、社会人が必要に応じて、大学等へ戻って再教育を受ける「リカレント教育」が普及してきました。リカレントとは「回帰」「循環」という意味です。
この数年、日本企業の特徴の一つでもあった、終身雇用制によらない働き方や、転職を複数回、重ねることも一般的になってきました。サライ世代より下の30代・40代の人は、若いうちから社会の変化に対応できる能力を磨き続けるために、大学院などに通いながら仕事を続ける人も増えています。
逆に言えば、学校を卒業して社会に出るのではなく、生涯、学びつづけることが常識となる時代がやって来たということです。学問を修める過程そのものが心身を鍛えてくれるのかもしれません。そこで得た知識や修練の経験は、その人の人生を自信あるものに変化させます。
今、起きていないことや、戻らない過去に気持ちがとらわれて、心配事が頭の中で堂々巡りになっている人は、その時間を学ぶ時間に充てることから、始めてみてはいかがでしょうか。不安を感じる暇もないほどに、学びに没頭することで、新しい道がひらけるかもしれません。
※ことばの解釈は、あくまでも編集部おける独自の解釈です。
■渋沢栄一ゆかりの地
第6回の「渋沢栄一、ゆかりの地」では、栄一の幼少期の学び舎「尾高惇忠生家」をご紹介します。
渋沢栄一の従兄弟にあたる尾高惇忠は、栄一の人生に大きな影響を与えた人物です。明治時代には、富岡製糸場の初代工場長や、第一国立銀行仙台支店長などを務めています。栄一は少年時代から、論語をはじめ多くの学問を淳忠に師事し、尾高惇忠生家は栄一の学び舎でもありました。栄一の妻・千代や、栄一の養子となった平九郎らが育ったのもこの家です。2階には惇忠や栄一らが高崎城乗っ取り計画を謀議したと伝わる部屋(非公開)もあります。
江戸時代後期の商家建築の趣を貴重な建物で、平成22年(2010)に深谷市指定文化財(史跡)に指定されています。
尾高惇忠生家
住所:埼玉県深谷市下手計236
アクセス:JR深谷駅からタクシーで約15分
見学時間:午前9時から午後5時
休館日:年末年始 (12月29日~1月3日)
入館料:無料
問い合わせ(渋沢栄一記念館):048-587-1100
肖像画・アニメーション/もぱ・鈴木菜々絵(京都メディアライン)
文/奈上水香(京都メディアライン)
HP:http://kyotomedialine.com
引用・参考図書/
『渋沢栄一 100の訓言「日本資本主義の父」が教える黄金の知恵』渋澤健/日経ビジネス人文庫
『渋沢栄一 訓言集』渋沢栄一 渋沢青淵記念財団竜門社編/図書刊行会
『尾高惇忠生家パンフレット』深谷市教育委員会