文/印南敦史
よくいわれることだが、定年退職に代表される「リタイア」を境に、多くの方はなんらかの戸惑いを感じることになるようだ。
ビジネスマンとしての多忙な日常が、その時を境に「することのない日々」へと一変するのだから、当然といえば当然の話である。したがって、それがある種の「さみしさ」につながっていったとしても無理はない。
問題は、いきなり目の前に現れた「さみしさ」とどう折り合いをつけていけばいいのかということだ。
この問いに対して、『ひとりの「さみしさ」とうまくやる本―孤独をたのしむ。』(大愚元勝 著、興陽館)の著者は次のように述べている。
結論から先に申し上げれば、「私はさみしいのです」と誰かに打ち明ければ、それだけで救われます。
打ち明けることのできる家族や友達がいないのなら、匿名でラジオの人生相談に投稿するのでもいいし、私のように人生相談を行っている僧侶に救いを求めるのも一案でしょう。
たとえ回答を得られなくても、誰かに聞いてもらうだけで心が軽くなる。誰かに悩みを打ち明け、ガス抜きをすることはバランスを保つうえでほんとうに大切なことなのです。(本書「はじめに」より引用)
YouTubeで、『大愚元勝の一問一答』という人生相談を始めて6年目になるという僧侶。相談内容は「老い」「恋愛」「結婚・離婚」「人間関係」「仕事」「金銭」「病気・命」と多岐にわたるが、その多くは突き詰めていけば「さみしい」という孤独感に行き着くのだそうだ。
だからこそ、「自分はさみしいのだ」という気持ちを表に出すことが大切だというわけだ。
「そんなこと、恥ずかしくてできるわけがない」と思われるかもしれないが、著者のことばを借りるなら、それは世間体を気にするプライドのせいかもしれないし、孤独であることを認めたくないからかもしれない。あるいは、自分を苦しめているのがさみしさだということに気づいていないというケースもあるに違いない。
ならば、恥ずかしさを抑えて心をフラットな状態に戻し、ちょっとの勇気を出して「さみしい」と認めてみるべきだと考えることもできよう。
著者も、素直にそう認めることができる人は「大丈夫」だと断言している。「さみしい」というその言動の後ろ盾となっているのは「希望」だから、というのがその理由だ。
そもそも、人が年齢とともに孤独になっていくのは、至極当たり前のこと。なぜなら、役割がひとつ終わっていくからだ。定年退職をすれば「上司」という役割が終わり、妻に先立たれれば「夫」という役割を終えるというように。
若いときならパワーで孤独を跳ね飛ばすこともできただろうが、年を重ねればそうはいかない。体力がなくなり、つきあいを断るようになり、自分だけの時間を過ごさなければならないのだ。
ましてや子どもの独立や親しい人との死別など、出会いより別れのほうが多くなってもいくだろう。
そういう意味では、若かったころを思い出してセンチメンタルな気持ちになったり、これから先のことを考えて不安に襲われたりしても無理はない。考えるだけで悲しくなってくる気もするが、穏やかな老後を送るためには、そんな孤独感になれていく必要があるのだと著者はいう。
そのために大切なのは、孤独から目を背けず、孤独を抱える自分の心を見据えることが大切なのだとも。
もちろんそれは、楽しい作業ではないはずだ。そのため、億劫になってしまいがちかもしれない。しかし、そこで孤独をきちんと理解すれば、悠然と暮らしていくことができるようになるのだ。
孤独は悪いものではないのに、悪いものと思い込んでいる人が多いようです。孤独に対する尺度を変えれば、「孤独に耐える」ことから「孤独とつきあう」ことへと心模様を変えていくことができるでしょう。(本書52ページより引用)
著者によれば、孤独を感じたときというのは、自分なりの死生観をきちんと備え、後悔のない人生を生きるための転機なのだそうだ。だからこそ、孤独を感じることには希望があるということ。
人間は生まれるときもひとり、死ぬときもひとりです。
『大無量寿経(だいむりょうじゅきょう)』というお経に、「独生独死 独去独来(どくしょうどくし どっこどくらい)」(独り生まれ、独り死す、独り来たりて、独り去る)と説かれています。
それに、今は配偶者と暮らす人も、いつかおひとり様になる日が来ます。
こうした現実をみつめたときに断言できるのは、基本的に誰もが孤独なのだということ。あなたが「なぜ自分だけ孤独なのだろう?」などと感じていたとしたら、それは錯覚に過ぎません。(本書86ページより引用)
だとすれば、自分自身がさみしさを引き寄せていると考えることもできる。そこで必要なのは、心の扉を開いて、外へ飛び出していくこと。能動的に生きなければ、人生は切り拓けないからだ。
とはいえ、心を閉ざし、孤独のなかにいた時間も無駄ではないと著者はいう。大事なことに気づけた自分を褒め、それによってモチベーションを上げられれば、嫌でも積極的になれるはずだからだ。
文/印南敦史 作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。音楽雑誌の編集長を経て独立。複数のウェブ媒体で書評欄を担当。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)、『書評の仕事』(ワニブックスPLUS新書)などがある。新刊は『「書くのが苦手」な人のための文章術』( PHP研究所)。2020年6月、「日本一ネット」から「書評執筆数日本一」と認定される。