取材・文/ふじのあやこ
時代の移り変わりとともに、変化していく家族のかたち。幼少期の家族との関係を振り返り、自身も子供を持つようになったからこそわかるようになった思いを語ってもらいます。【~その1~はコチラ】
今回お話を伺ったのは、都内の企業で派遣社員として働きながら小学校4年生の子どもを育てている妙子さん(仮名・42歳)。妙子さんは埼玉県出身で両親との3人家族ですが、小学校の時に両親が離婚。その後祖母との3人暮らしがスタートしますが、高校生の時に祖母が他界してしまい、母親との2人暮らしに。高校卒業後に就職した妙子さんは学生時代にはなかった反抗期を社会人で経験することになります。
「母親の些細なことでイライラしていました。社会人になって、もう立派な大人なのに学生時代と変わらない接し方をされることにも納得がいかなくて。当時は本当に自分勝手で、何でもひとりでできると思い込んでいました」
20代で結婚を急かす母親に嫌気がさし、友人との同居を始めるものの……
イライラはするものの母親に強くは言えなかった妙子さん。距離を取ることでその関係を修復しようとしていたそうですが、20代半ばになりプライベートのことにも首を突っ込んでくる母親に嫌気がさし、友人宅に居候を始めたと言います。
「まだ20代半ばなのに、結婚はどうなっているとかを言ってくるようになったんです。今まで彼氏はいたこともありますが親に紹介したことはなかったので、私にまったく男っ気がないことを不安に思ったんじゃないですかね。あまりにしつこいので、怒りの勢いで一方的に友人とのルームシェアを伝え、翌日に家を出ました。母親はびっくりしていたけど、特に反対もしなかったんですよ。止めてくれると思っていたから、その行為も輪をかけてイライラしてしまっていました」
友人宅での居候は3か月弱で終了。他人と暮らすことの難しさをそこで学んだそう。実家に戻り、母親との暮らしが再開します。
「母親とはずっと一緒に暮らしていたから、母親のペースが私のペースというか、部屋の片づける順番などが一緒なんです。私が似ただけなんですけど。でも、友人とはすべてが違って、どっちが正しいとかがないから言いだせずに悶々としてしまって。このままだと仲が悪くなってしまうと思い、3か月弱で実家に戻りました。母親は普通でしたよ。数か月だからもちろん家具もそのままで出ていたので、少し出かけて帰ってきたような態度でした」
【一緒に暮らさないことでうまくいく家族のかたちもある。次ページに続きます】