文/印南敦史
たとえば身寄りがいないとか、頼れる人がいないなど。
『おひとりさまの終活「死後事務委任」』(國安耕太 著、あさ出版)の著者は、そんな人たちのことを「おひとりさま」と位置づけている。目新しい言葉ではないが、高齢化社会を考えるうえで、彼らの存在が無視できないのは事実だ。
ご親族はいても疎遠で、かつ生涯独身と決めているのであれば、立派なおひとりさま予備軍です。同じく、配偶者はいるものの子どもはなく、ご親族もいないか疎遠である人も、いずれおひとりさまになる可能性があります。
また、ご親族はいるものの迷惑をかけたくないとお考えの方は、疑似おひとりさまといえるでしょう。(本書「プロローグ」より引用)
さらに極論を言えば、いま配偶者と円満に暮らしている方であったとしても、最終的な時点でおひとりさまになる可能性は否定できない。そういう意味では誰しも、おひとりさまと同じようにして将来に備えておく必要があるのだろう。
重要な点は、「死後のことは埋葬されれば終わり」というわけにはいかないことだ。
部屋の遺品整理、掃除はもちろん、賃貸物件に住んでいたのであれば賃貸契約の解除と引き渡しも必要になる。公共料金の引き落としも止めなければならないし、他にも健康保険証の返却、運転免許証やパスポートの返納、携帯電話やクレジットカードの解約など、やらなければならないことは多いのだ。
ところが、それらの事務手続き(死後事務)に関して、役所はなにもしてくれないのだという。なぜなら、「死後のことに関しては、残された親族がやる」という大前提があるからだ。
しかし、助けになってくれる制度を知り、手続きを踏んで備えておけば、死後のみならず生きている間の不安も払拭できると著者はいう。つまり本書は、そのために書かれているのである。
おひとりさまはもちろん、両親の終活を手伝う際に役立つ「遺言書」「成年後見人制度」「家族信託」について解説したI部と、おひとりさま自身の終活を考える際に重要となる「死後事務委任」契約についての内容がまとめられたII部からなる構成。
ここでは後者に焦点を当て、おひとりさまの終活の強み味方になるという「死後事務委任」について触れたい。
人が亡くなったあとにしなければならないことは多く、雑多で手間もかかるからこそ、知っておきたいのが「死後事務委任」。死後の事務手続きを、まだ元気なうちに「私が死んだときには、あなたにお願いします」と頼んで契約しておく制度だ。
通常であれば、ある人が亡くなったとき、死後の手続きは親族が行うもので、法律もそれを前提として作られている。
逆にいえば、もし死後のことを親族以外に人に頼むのであれば、死後事務委任の契約を結んでおかなければスムーズに行えないのである。
ましてや、おひとりさまであれば、死後のことは自分ひとりではどうにもならないだろう。
たとえば、親も親族もいないおひとりさまが自宅で倒れて亡くなっているのを、友人や近所の人が発見したとしよう。そういった場合、発見者は遺体を動かすことも、遺体をどうするか決めることもままならない。なぜなら、親族ではないからだ。
おひとりさまにとって、死後のことまでスムーズに済ませることはかようにハードルの高い問題なのである。しかし、そうした不安は「死後事務委任」で解消することができるのだ。
死後の事務手続きの処理を、生前から頼むことができる「死後事務委任」は、誰と契約するか自由に選べるものですが、できれば弁護士や司法書士、行政書士など法律のプロに依頼することをおすすめします。(本書176ページより引用)
友人や知人と契約することも可能だが、実際にその委任事務が行われるとき、自分自身は亡くなっている。そのため、お願いした相手が契約のとおりに実行してくれたのか確かめることができない。したがって、信頼のおける相手に頼むことが重要になってくるのである。
かかる費用について決まりはなく、専門家に委任するのであれば、専門家が提示する金額に基づいて支払うことになる。支払い方には「遺産から支払う」「預託しておく」という2つのケースがあるようだ。
ちなみに現状においては、「財産については遺言書で、それ以外の死後事務については遺言書のオプションとして契約しておく」という方針をとる専門家が多いという。
遺言と死後事務委任契約を組み合わせれば、一方では不足な部分を、もう一方で補う気音ができるというメリットがあるからだ。いずれにしても相談すれば応じてくれることが多いので、いくつかの事務所にあたり、信用度と報酬との兼ね合いをはかってみるのもいいだろう。
しかしそれ以前に、やはり基礎的なことを学んでおきたいところ。そこで、本書の出番である。「親(親族)の終活」の問題から「自分が死んだあと」のことまでについての平易な解説を読み込んでおけば、不安を解消した状態で死後事務委任にも臨めるはずだ。
文/印南敦史 作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。音楽雑誌の編集長を経て独立。複数のウェブ媒体で書評欄を担当。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)、『書評の仕事』(ワニブックスPLUS新書)などがある。新刊は『「書くのが苦手」な人のための文章術』( PHP研究所)。2020年6月、「日本一ネット」から「書評執筆数日本一」と認定される。