文・写真/パーソン珠美(海外書き人クラブ/シンガポール在住ライター)

大都会然としたきらびやかなビルが建ち並ぶシンガポール随一の繁華街オーチャードから北へ20分ほど車を走らせたところに、打って変わり、中華、イギリス、マレーのスタイルが融合したショップハウスという植民地時代の建物が多く残り、古き良き時代のノスタルジックな雰囲気が漂うバレスティアというエリアがある。

バレスティア

バレスティアの裏通りを歩いていると、広い前庭を見渡す優雅なバルコニーを持つ、南洋のコロニアル様式の立派な屋敷に出くわす。その建物はシンガポールにおける最重要保存建築物のカテゴリーである「ナショナル・モニュメント」の指定を受け、「スン・ヤット・セン南洋記念館」として一般公開されている。

ン・ヤット・セン南洋記念館

晩年を過ごす母が平穏で幸せに満ちた生活を送れるようにと、かつて持ち主より「晩晴園」と名付けられていたこの屋敷は、その名前とは裏腹に激動の運命を辿り、今に至る。

革命秘密結社により計画された、中国本土での武装蜂起

辛亥革命の中心人物で、中国を清朝の圧政から解放させた英雄として知られる孫文は、1895年に最初の武装蜂起である第一次広州起義に失敗して以来、革命の成功まで16年に渡り、世界各地を転々とする苦難の時代を過ごした。

貿易やプランテーションの経営などにより財を成した華僑が多いシンガポールを、革命の支持と金銭的サポートを求めるために孫文は度々訪れ、有力者たちを取り込むことに成功する。

中でも裕福なビジネスマン張永福は、所有していた晩晴園を、1906年、孫文率いる革命秘密結社「中国同盟会」南洋支部の本拠地として提供することを申し出、孫文のシンガポール滞在時の拠点となった。

晩晴園

晩晴園は、1902年、サトウキビプランテーションだった土地を購入した梅春輔(別名、梅泉宝)という華僑商人が意匠を凝らし建てたものを、張永福が母の老後の暮らしのために購入していたものであった。

老女が何不自由なく暮らしていた美しい晩晴園は、清朝と繋がるイギリス植民地政府の目をかいくぐり革命活動を続ける人間たちが集まる場所となり、実に10回に渡り起こされた中国本土での武装蜂起のうち、黄岡起義、鎮南関起義、河口起義が計画されるというドラマティックな展開に身を任せることとなる。

度重なる所有者の変更、そしてさらなる激動の運命

張永福は1910年に晩晴園を売却。その後数回に渡り所有者を変えた後、1937年、歴史的価値を重んじる新加坡中華総商会[Singapore chamber of commerce and industry](華僑商工会)の有志により晩晴園は共同購入し寄贈され、保存されることが決まった。

しかし、晩晴園にとっての平穏な日々は長くは続かなかった。連合国にとり戦略的、心理的に大きな衝撃となった、1942年の日本軍によるシンガポール陥落により接収され、軍の通信基地[military communications centre]として、遠い日本からやってきた軍人が出入りする占領下を過ごす。

晩晴園

第二次大戦の終結により日本軍が去った後、晩晴園は、今度は中国国民党により、海外支部として使用されるようになる。中国本土で起こる混乱と晩晴園がどのように関わっていたかは、今となっては想像をするしかない。

1949年にイギリス植民地政府により中国国民党が活動を禁止されると、晩晴園の管理は再び新加坡中華総商会の手に戻される。そして、奇しくもシンガポール独立と時を同じくする1965年、海外で広く認知される孫文の通名である「スン・ヤット・セン(孫中山)」を冠した「スン・ヤット・セン・ヴィラ」という新しい呼び名を与えられ、図書館兼博物館として生まれ変わる。

時を経て1994年、スン・ヤット・セン・ヴィラはナショナル・モニュメントに指定され、現在まで使われる「スン・ヤット・セン南洋記念館(https://www.sysnmh.org.sg/en)」という名称に変えられ、何度かの大規模な改装を経て、現在私たちが目にしている姿になった。

スン・ヤット・セン南洋記念館

スン・ヤット・セン南洋記念館は、孫文や辛亥革命に関わったシンガポール人などについての資料を展示する常設展の他、バレスティア周辺のエリアについてや、革命前夜の新聞に載った風刺画など、小さいながら充実した内容の特別展の展示もある。

スン・ヤット・セン南洋記念館の建築は、植民地時代に裕福な華僑やイギリス人などが暮らした南洋のコロニアル様式。訪れれば、建物自体が経験した歴史の荒波と、当時暮らした上流階級の人たちの生活について想いを馳せる機会ともなる。

バレスティア、マーケットやホーカーセンター(固定式屋台街)

また、記念館のあるバレスティアは、マーケットやホーカーセンター(固定式屋台街)、人々が日常的に通う仏教や道教の寺などのある、庶民的でどこか懐かしい感じのするエリア。

バレスティアは、マーケットやホーカーセンター(固定式屋台街)

街を歩けばリアルなローカルの生活が垣間見られて興味深い。ありきたりの観光に飽きた人、歴史に興味のある人などには訪れる価値がある場所といえよう。

(2019年6月下旬取材)

【Sun Yat Sen Nanyang Memorial Hall住所】
12 Tai Gin Road, Singapore 327874

・史実について
情報通信省傘下の National Heritage Board運営「Roots」
https://roots.sg/Content/Places/national-monuments/former-sun-yat-sen-villa-now-sun-yat-sen-nanyang-memorial-hall

シンガポール国立図書館運営「Infopedia」
http://eresources.nlb.gov.sg/infopedia/articles/SIP_845__2009-01-07.html
http://eresources.nlb.gov.sg/infopedia/articles/SIP_537__2009-01-07.html

・「ナショナル・モニュメント」について
National Heritage Boardのサイトより。
https://www.nhb.gov.sg/what-we-do/our-work/preserve-our-stories-treasures-and-places/national-monuments-and-marked-historic-sites/national-monuments-in-singapore
写真・文/ パーソン珠美
日英通訳、ライター。さまざまな業界での通訳や取材、5ヵ国の在住経験と40ヵ国を超える海外渡航歴、国際結婚、子育てなどから得た豊富な経験をもとに記事を執筆。海外書き人クラブ会員(http://www.kaigaikakibito.com/)。

 

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