写真・文/藪内成基
2019年5月14日、文化庁より世界遺産登録に関する発表がありました。国連教育科学文化機関(ユネスコ)の諮問機関が「百舌鳥・古市古墳群(もず・ふるいちこふんぐん)」を世界遺産登録すべきだと勧告。2019年6月にアゼルバイジャンで開催される世界遺産委員会で、正式に世界遺産登録される予定です。
百舌鳥・古市古墳群といえば、国内最大の前方後円墳である「仁徳天皇陵(にんとくてんのうりょう)」がよく知られています。仁徳天皇陵は「世界三大墳墓」のひとつ。残りはすでに世界遺産に登録されているクフ王のピラミッド(エジプト)と秦始皇帝陵(中国)です
このうち秦始皇帝陵は、飛鳥時代や奈良時代に多くの日本人が目指した中国の古都・長安(現在の西安)市街から東に約25kⅿ、驪山(りざん)北麓に位置します。秦始皇帝陵の近くには、「兵馬俑(へいばよう)」で知られる「秦始皇兵馬俑博物館(しんしこうへいばようはくぶつかん)」がありますので、秦始皇兵馬俑博物館との位置関係も紐解きながら、秦始皇帝陵についてご紹介させていただきます。
春秋戦国時代を勝ち抜き中国を初めて統一した始皇帝
今から2500年以上前、中国は500年にもおよぶ「春秋戦国時代」という大戦乱の時代をむかえていました。数多くの国々が覇権を争う中、次第に勢力を拡大したのが戦国七雄のひとつ「秦(しん)」。第31代・秦王の政が中国統一を実現に向かって突き進み、中国統一後には、最初の皇帝を意味する「始皇帝」を名乗ったのでした。人気コミック『キングダム』(集英社)の影響で、始皇帝の存在が気になっている方も多いのではないでしょうか?
始皇帝は様々な施策を実施し、中央集権の国造りを行います。大規模な土木事業としては「万里の長城」の本格的な造営が挙げられます。一方で、自らの死後の世界のために兵馬俑(へいばよう)と、陵墓である秦始皇帝陵の建造にも力を入れました。
秦始皇帝陵を囲む城壁跡を実際に歩く
日本の古墳は、小高い丘に造られた墳丘を守るように周濠で囲まれている場合がありますが、秦始皇帝陵は城壁で囲まれていました。墳丘の大きさは東西350m、南北345m、高さ76m。往時には、墳丘を周囲6.2kⅿの外城壁と、3.9kⅿにもおよぶ内城壁で囲み、総面積は2.26㎢にも及びました。司馬遷の歴史書『史記』によると、墳丘には地下宮殿すら造られていました。
現在、墳丘には登ることはできませんが、墳丘の周囲を歩きながら、外城や内城の跡をたどることができます。例えば、墳丘の西側には「西門遺址(内城の西門跡)」の跡が残っています。そして、隣接する「銅車馬坑(どうしゃばこう)」では、4頭立ての二輪馬車を模した銅車馬が2両発掘されており、馬のレリーフが設置されています。発掘された遺物は、秦始皇兵馬俑博物館に展示されています。さらに西門遺址付近には、珍奇な動物や鳥を集めて埋めた「珍禽異獣坑」(ちんきんいじゅうこう)の跡も残っています。
秦始皇帝陵の東に造られた「始皇帝の軍団」兵馬俑
秦始皇帝陵から約1.5kⅿ東には秦始皇兵馬俑博物館があり、中国屈指の観光地となっています。地下に埋められていた、約8000体ともいわれる実物大の兵士や馬、戦車の形をした素焼きの焼物が地下に埋められていました。現在、秦始皇兵馬俑博物館の主なみどころとなっているのは、一号坑、二号坑、三号坑の展示館。そのうち、最大の規模を誇る一号坑には、無数の兵馬俑が整然と並んでいます。これは歩兵と騎兵から成る主力部隊でした。
秦始皇兵馬俑博物館が秦始皇帝陵の東にあるのには、大きな理由があると考えられています。始皇帝が治めた秦は、確かに中国の覇権を握りました。しかし、秦以外の国々は、秦より東に存在していたため、兵馬俑は東に対する守りの意味合いが込められていたのです。さらに兵馬俑は、東を向いています。始皇帝の死後も、秦始皇帝陵および秦を防衛して欲しいという願いが込められていたのでしょうか。
秦始皇兵馬俑博物館とともに巡る
始皇兵馬俑博物館は、秦始皇帝陵を守るように造られた兵士や軍馬の陶俑が知られますが、銅車馬など秦始皇帝陵から発掘された遺物も見学できます。さらに秦始皇帝陵との位置関係を頭に入れておくと、秦始皇兵馬俑博物館の存在が一層際立ってくるはずです。
秦始皇兵馬俑博物館から秦始皇帝陵までは無料シャトルバスが運行されています。また、西安駅からは、秦始皇兵馬俑博物館・秦始皇帝陵へ約1時間で結ぶ路線バス(有料)もありますので、西安観光とともにご活用ください。
以上、秦始皇帝陵についてご紹介しました。始皇帝が眠る墳墓を囲む城壁跡を歩いていると、始皇帝が何を想い城壁を造らせたのか、兵馬俑を造らせたのかと思いがこみ上げてきます。中国統一という偉業を成し遂げた、始皇帝にしか分からない孤独や死への恐れがあったのかもしれません。始皇帝に思いを馳せながら、秦始皇帝陵を散策してみてはいかがでしょうか。
(2019年2月下旬取材)
写真・文/藪内成基
奈良県出身。国内・海外で年間100以上の城を訪ね、「城と旅」をテーマに執筆・撮影。主に「城びと」(東北新社)へ記事を寄稿。異業種とコラボし、城を楽しむ体験プログラムを実施している。