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旅行

噂の地磁気逆転地層『チバニアン』を小湊鐵道で見に行った

文・写真/杉﨑行恭

初冬のある日、JR内房線五井駅から分岐する小湊鐵道に乗って噂のチバニアンを見に行った。チバニアンとはラテン語で『千葉時代』の意味だという。場所は小湊鐵道が房総半島の丘陵地帯に分け入ったところにある月崎駅から40分ほど歩いたところ。そこで、ひょっとすると世界の教科書にのるかもしれない重要な地学的発見があったのだ。

月崎駅と小湊鉄道の気動車

月崎駅と小湊鉄道の気動車

観光列車「里山トロッコ」を走らせる小湊鐵道、それでも主力は今も旧国鉄のキハ20形とほぼ同型のキハ200形を走らせている。全国的にもこれほどクラシックなディーゼル気動車を主力にする鉄道は珍しい。そのカラリカラリと鳴る独特のエンジン音を聞きながら揺られること約1時間。房総半島独特の小丘陵が連なる里山風景のなかに月崎駅があった。古びた無人の木造駅舎があり、きっぷは駅前のヤマザキストアで買う仕組みだ。

観光列車「里山トロッコ」

観光列車「里山トロッコ」

さてチバニアンだ。もよりの月崎駅に備えられたパンフレットを手に歩き始める。踏切を渡り、県道を歩いて小道に入り、養老川を渡って田淵という場所に出た。まわりは畑と山林と農家が点在するまことにのんびりとした風景。そのなかに急遽整備されたような駐車場があり、地元の方々が立派なヤマイモを売っていた、ここがチバニアンの入り口だった。

月崎駅からの案内

月崎駅からの案内

その駐車場から小道をくだり、やがて森に入っていく。このあたりは養老川が大きく蛇行し、支流があちこちに窪みのような谷をつくる複雑な地形だ。おそらく、柔らかい堆積岩なので水流が容易に削っていくのだろう。やがて急坂を下り、水流の音が聞こえてくると道は階段になって薄暗い養老川の河原に降りた。みると川岸の崖に赤や黄色の杭が打ち込んである、ここがチバニアン・地磁気逆転地層だった。

気持ちのいい小道を下る

気持ちのいい小道を下る

地球磁気逆転地層の入口

地球磁気逆転地層の入口

数人の先客が物珍しそうに崖を眺めている。このあたり、約70万年前は静かな海底だったところで、降り積もった降下物が連続的な地層になって残る場所だという。その地層を詳しく調べた結果、地球のN極とS極が今と逆の『地磁気逆転層』が発見されたのだ。つまりこの時期の地球は磁石の示す方向が現在とは逆さまだったという。ちなみに、地球の歴史の中ではこのような地磁気の逆転現象は約20〜30万年の間隔であったとされ『地磁気エクスカーション』という地学用語まである。いまだその理由は定かではないが、とにかく地球の中にあるでっかい棒磁石がひっくり返るところを想像すると、まずもって大事件だとおもった。

チバニアン命名なるか、赤い杭が地磁気逆転地層

チバニアン命名なるか、赤い杭が地磁気逆転地層

現在、この地層を研究している国立極地研究所などがノルウェーに事務局がある国際地質科学連合(IGUS)に、約77万年〜12万6千年前(中期更新世)というまだ名前のない地質年代に「チバニアン」の命名案を申請した。つまりこの年代で起きた地球規模の現象(今回は地磁気の逆転)を顕著に記録した地層のある場所が、その年代の名称になるのだ。例えば恐竜の化石がたくさん出たスイスのジュラ山脈が「ジュラ紀」になったように。

増水時は長靴が必要

増水時は長靴が必要

養老川の瀬音を聞きながら、地質学者たちがサンプルを採集した穴ぼこだらけの地層を見ていたら大勢の見学客を引き連れたガイドがやってきて「第一次と第二次審査が終わって、2019年のIGUSの審査で支持されれば、ここにゴールデン・スパイクが打ち込まれます」と説明した。ライバルの地層はイタリアにあるが「状況は千葉に有利」とガイドのおじさん。もし決まれば世界遺産よりも希少価値がある『国際標準模式地』(GSSP=世界にまだ71か所しかない)の金色のスパイクがこの壁に輝くのだ。そんな事になったらこの静かな里山はどんな騒ぎになるのだろうか。

ここにゴールデン・スパイクが打たれるか

ここにゴールデン・スパイクが打たれるか

この貴重な地層がなければ釣り人ぐらいしか来ないような房総山中の渓谷。いまのところチバニアンの川岸までは未舗装の気持ちのいい小道で、野趣あふれる雰囲気を味わうには今のうちかもしれないと思った。ところで、チバニアンの年代はちょうどネアンデルタール人が現れた人類発祥の頃。しかも、20〜30万年間隔とされる地磁気逆転がそれ以後起きていないという。そんな浮世離れしたことを思いながら歩いていたら、いつのまにか月崎駅に戻っていた。

【地球磁場逆転地層】
千葉県市原市田淵1898
小湊鐵道月崎駅から約2.5km、徒歩約30分
田淵会館付近に臨時駐車場あり
※地層見学は自由、ただし雨のあとは長靴が必要、養老川増水時は近寄れないことも。

文・写真/杉﨑行恭
乗り物ジャンルのフォトライターとして時刻表や旅行雑誌を中心に活動。『百駅停車』(新潮社)『絶滅危惧駅舎』(二見書房)『異形のステーション』(交通新聞社)など駅関連の著作多数。

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