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文・写真/さいとうかずみ(インドネシア在住/海外書き人クラブ)

インドネシアのバリ島に、「万病に効く聖水」があるという話を聞いたことがあるだろうか。山奥の寺院にヒンドゥー教の神が作ったとされる「聖なる泉」があり、そこから湧き出す水には不思議な力があると言われている。水で病が治るのかは不明だが、少なくとも、バリ・ヒンドゥー教の信者は、聖水の力を信じている。今回は、その神秘的な泉をもつヒンドゥー教寺院であるティルタ・ウンプルをその周辺の魅力とともに紹介したい。

ティルタ・ウンプルはどこにあるのか

ティルタ・ウンプルとは、そのまま「聖なる泉」という意味である。ウンプルを英語のテンプル(temple)と勘違いしそうであるが、ティルタ・ウンプル寺院というのが正しいだろう。寺院はビーチから離れた山間部の不便な場所に位置する。よって、内陸部で有名な観光地ウブドを目指し、そこを拠点に訪れてみるのが無難な行き方だ。

デンパサール空港から、内陸部のウブドへ

バリ島のデンパサール空港に到着後、タクシーで1時間半ほど北上するとウブドに到着する。ウブドは「神々が棲む処」と言われ、パワースポットとしても名高い。高所にあり、ガジュマルやヤシの木といった熱帯樹のジャングルに囲まれ、空気もひんやりと涼しい。マイナスイオンを浴びながら、ジャランジャラン(ぶらぶら歩き)してみよう。豊かな自然の力を感じ、旅の疲れも吹き飛ぶはずだ。

神秘的なウブドの山奥に立ち並ぶヴィラ。

ウブドのいたるところで静かにたたずむ仏像を見かける。

ウブドからティルタ・ウンプルを目指す

ウブドの郊外には標高約1800メートルのバトゥール山やその火山湖、周辺の美しい自然がある。また、寺院や遺跡もあちこちに点在している。今回紹介するティルタ・ウンプルもそのひとつだ。

標高1717mのバトゥール山。裾野に世界遺産に登録された湖をもち、その一帯はキンタマーニ高原として名高い。

ウブドから北に車で30分ほど走ると、タンパシリンという小さな町に入る。この町を有名にしたのは、1957年に故インディラ初代大統領により建設された大統領官邸があるからだ。インドネシアに6つ存在する大統領官邸のひとつで、そこからティルタ・ウンプルを見下ろすことができる。

大統領と言えば、2017年6月にオバマ元米大統領もティルタ・ウンプルを訪問している。小学生時代をジャカルタで過ごしたオバマ氏だが、私的休暇で家族と共にインドネシアを訪れた際、わざわざ寺院に立ち寄ったというから驚きだ。

ティルタ・ウンプルの泉とその伝説

ティルタ・ウンプルでは、泉から湧いた水を沐浴場に引き込んでいる。ヒンドゥー教では、沐浴で身体を清めたのちに神に祈るため、寺院には沐浴場を設置しているのだが、ティルタ・ウンプルの場合、聖水で沐浴をし、その水が病をも治すと信じられている。

ティルタ・ウンプルには、ヒンドゥー教にまつわるこんな伝説がある。昔、この辺りに、魔法の水を用いて悪事を働いていたマヤデネワ王がおり、悪行により人々の生活を脅かしていた。困り果てた末、ある僧侶が、ヒンドゥー教のインドラ神に王の征伐をお願いした。インドラ軍に攻められて、逃げたマヤデネワであったが、毒を使ってインドラの兵を瀕死の状態に陥れた。怒ったインドラがものすごい力で地面を突き刺すと、神聖な水が噴き出して泉となった。この水を飲んだ兵士は次々と生気を取り戻し、中には生き返った者もいたそうだ。この泉こそが、ティルタ・ウンプルなのだ。

ティルタ・ウンプルに入場するまで

では、その聖なる泉を実際に見てみよう。入り口の手前に広がる駐車場を通り抜け、チケットを購入後、まずは身支度を整える。サロンという布で下半身を覆い、サシュというベルトを巻くことがティルタ・ウンプルへのドレスコードである。サロンは伝統的なイカットなどの織物であり、足首が見える程度に腰のあたりで折り返し、左右どちらかでぎゅっと縛る。サシュとは、オレンジ色の細長い帯で、腰骨あたりで結び、残った部分は垂らしておく。貸し出しは無料であるため、心づけを払うのがいいだろう。

ティルタ・ウンプルのエントランス。ドレスコードのサロンを巻く人々。

一つ目の中庭(Jaba Pura)休憩場

両手を向かい合わせたような形の門「Candi Bentar」を通り抜けると、広い中庭に出る。

西暦962年に建立されたウンプルは、主な部分が石造りである。朽ちかけた石畳を進むと、右側に東屋のような広い休憩所がある。信者が沐浴や祈祷の準備や休憩をする場所だ。慣れないサロンをパタつかせて中庭の一番奥まで歩くと、先ほどとは別のCandi Bentar門がある。

武装した対のDwarapala像が、Candi Bentarの門番として中庭を守っている。

二つ目の中庭(Jaba Tengah)沐浴場

門をくぐると、急に雰囲気が変わり、人でごった返している。周囲を壁で囲まれた2つの沐浴場があり、合わせて30もの吹き出し口が設置され、勢いよく水が流れ出している。

大勢の人が「聖水」による浄化を求めて、辛抱強く並んでいる。

信者が行う沐浴は、まずは、西側の沐浴場の水に浸かり、一番西の吹き出し口から、合掌して祈り、おじぎする形で頭から水をかぶり、口をゆすぐ。そのあとは、東に向かって、ひとつひとつ順番に吹き出し口の水を浴びる。ただし、西側の沐浴場の東の二つ、また、東側の浴場の西から四番目以降の吹き出し口は家族に不幸のあった人が使うことになっているため、通常の沐浴では使用しない。

信者の沐浴する様子をついジロジロと見てしまうが、当の本人たちは見られることに慣れているのか、気にするふうではない。

沐浴場の深さは、成人男性の腰くらいで、澄んだ水はやや冷たい。水草が生えていて、魚もいる。沐浴する様子を見ると、目を閉じて何か真剣に祈っている人もいれば、水浴びのように楽しそうな人もいる。同じヒンドゥー教でも、インドのガンジス川の沐浴のような厳格な雰囲気とは違い、明るく、賑やかだ。

沐浴をせずに石畳に立っていると、信者でない自分は傍観者なのだと感じるかも知れない。せっかくなので、聖水に触れてみることをお勧めする。沐浴に挑戦してもいいが、その場合、現地のガイドなどに沐浴のマナーなど確認しながら行うのが望ましい。水を触る以外に、不調のある箇所にかけるなど、自分なりのプチ沐浴や、ペットボトルにてお持ち帰りもありだろう。ただし、沐浴場の水で深刻な目の感染病になった観光客もいるので、慎重に行いたいものだ。

沐浴の前にお祈りをするため、お供え物であるチャナンがたくさん置かれている。

沐浴場を観光し終えたら、その奥にあるもう一つの中庭にもぜひ足を延ばしてもらいたい。

三つ目の中庭(Jeroan)聖なる泉

沐浴場の奥にある庭Jeroanこそ、寺院の名前の由来となった「聖なる泉」がある場所だ。正面に広がる泉はむしろ池のようで、表面は緑の藻に覆われ、葦の間を魚がゆったりと泳ぐ。ここではじっくりと水を観察して欲しい。ゆらゆらと湧き出す水が絶え間なく水面に文様を作り、実に美しい。沐浴場の喧騒を離れ、聖なる泉のほとりで息をつくのもいいだろう。泉の背景には、きらびやかな装飾を施された寺院が立ち、信者の民族衣装が色を添えている。

tirta empul(聖なる泉)(photo by CC0)

ひと休みした後は、寺院に咲く花や池の鯉を観賞しながら入場口に戻ろう。インドネシアでは、錦鯉はkoi fishと呼ばれ人気が高い。

門の外に出たところには、世界遺産の記念碑などもあるので、撮影をお忘れなく。駐車場の入り口には、土産物屋が並んでいるので、バリ土産を見て回るのもよい。ウブド滞在者や時間的に余裕のある人は、市内に戻ってウブド市場へ出向けば、土産物を安く買うことができる。

寺院から比較的近い場所に、グヌン・カウィというバリ・ヒンドゥー教の遺跡やテガ・ガランの素晴らしい棚田などもあるため、合わせて観光してみるのもいいだろう。眺めのよいレストランやカフェから、棚田を一望しながら、のんびりとインドネシアコーヒーをいただくのもお勧めだ。

ウブドの山間部に多く見られる棚田は世界遺産に登録されている。

〇ティルタ・ウンプル寺院(Tirta Empul)
 住所・Jl.Tirta, Tampaksiring, Manukaya, Kabupaten Gianyar, Bali
 拝観料・15000インドネシアルピア(約120円)
 拝観時間・9時から17時(宗教行事による入場制限あり)
 沐浴者にはロッカー、沐浴用のサロンの貸し出し(ともに有料)あり。

〇インドネシア共和国観光省公式ページ(日本語)
https://www.visitindonesia.jp/

文・写真/さいとうかずみ(インドネシア在住)
2007年よりインドに移住し、ライター業を始める。雑誌、新聞、ウェブ記事に寄稿。2017年よりインドネシア在住。海外書き人クラブ所属。

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