「トイレの前にタンス」驚きの理由
日本人らしい気配りが、ホテル運営に必要だと思われたのでしょう。恵子さんはホテルを建てる前からスタッフの採用や教育に関わってきました。
「このピタマハを建てるとき、宗教的に問題がないか、何年も時間をかけて調査したんです。大事な木や岩がある場所はそのままに、お金はかかるけれど、自然の傾斜を生かして建てました。ですから、部屋がそれぞれ少しずつ違うんです。決して豪華ではないけれど気持ちのいいホテルにしようと、宗教や文化に造詣の深い王族の三男が設計しました」
その設計で、私はとても気になることがありました。それは、バスルームに大きなタンスがあること! トイレに座ると目の前にタンス? こんな設計は見たことがありません。すると恵子さんは笑って答えてくれました。
「ええ、私も最初、図面を見たときはびっくりしました。どうしてベッドルームではなく、バスルームにタンスを置くのか、外国人はびっくりするでしょう。三男に聞くと、『ベッドルームには何も置きたくない。朝、自然だけ見えるようにしたい。便利な生活は日本でもできるけれど、日常を忘れてリラックスしてほしいから』と言うのです。日本のみなさんは、みな驚かれますが、余計なものがない心地よい空間を楽しんでください」
体型や言葉よりも大事なのは「心」
高級リゾートでありながら、どこかの村に遊びにきたような懐かしい気持ちにさせられるのはスタッフの気配りと笑顔かもしれません。
「外資系のホテルでは、身長も顔も似たような人を雇います。しかし、人の良さは体型や顔と関係ありませんから、うちは見事にバラバラですよね? 太った人もいれば小柄な人もいます。ホテルを建てる時の約束で、近所の人を採用したのですが、ほとんどが接客業の経験のない主婦や農家の人たち。チェーンホテルでは、マニュアルがいっぱいあって、それを従業員に覚えさせるので、みな同じような振る舞いになりますが、マニュアル通り接客したからといって、お客様が喜んでくれるとは限りません。私は『みんなの家に、大事なお客さんがきたらどうするの?』という心の教育から始めました」
英語はあまり話せなくても、背が高くなくても、接客で一番大切なことは「心」。居心地の良さは、そうした教育の賜物なのでしょう。