文・写真/倉田直子(海外書き人クラブ/オランダ在住ライター)

オランダの首都アムステルダムは、美しい建物が数多く立ち並ぶ街。ユネスコの世界遺産「シンゲル運河内の17世紀の環状運河地区」(https://whc.unesco.org/en/list/1349/)をはじめとする中世の街並みから、近代の建築運動アムステルダム派の建物など、建築物好きにはたまらない景色にそこかしこで出会える。
けれどその美しい街並みの背景には、先人たちが「あるもの」と闘ってきた涙ぐましい歴史が隠されている。その一端をご紹介したい。

17世紀の面影を残すアムステルダムの街並み

ひょろ長い家が立ち並ぶアムステルダム

アムステルダムの街並みは、大航海時代の貿易のおかげで経済発展著しかった17世紀頃にベースが作られている。旧市街を中心として、建てられた当時に近い雰囲気のまま残されている。ひとつひとつの建物がひょろっと縦に長いことが特徴だ。多くの建物が密接しているのでひとかたまりの様に見えるかもしれないが、一軒一軒は横幅が狭く、縦(高さ)と奥にたっぷりスペースをとる「うなぎの寝床」スタイルになっている。

運河沿いに縦長の家が立ち並ぶ

何故そんな奇妙なスタイルになったのかというと、それは当時の政府が「間口税」を導入したためだと言われている。東インド会社の交易によって富を得た豪商たちが、こぞって邸宅を建て始めたのを見計らい、建物の間口の幅に基づいて税金を課すようになったのだ。けれど豪商たちも、唯々諾々と重税を受け入れたわけではない。少しでも税金を安くするために、間口のみ不自然なほどに狭く、奥行きを長く設計していった。

英語で割り勘のことを「Go Dutch」(Dutch=「オランダの」「オランダ人」という意味の英単語)と表現することからも、オランダ人の財布のひもが固いことはよく知られている。そういった気質が既に17世紀頃から始まっていたとは驚きだ。

後に間口税は廃止になったが、昔ながらの景観保護のために「カナルハウス」と呼ばれるそういった運河沿いの邸宅は、そのままの姿で残されている。古くなった外壁を修繕する際も、壁の色などには自治体が制限を設けているという。

余談だが、「アンネの日記」で知られるアンネ・フランクが、家族や他のユダヤ人と共に隠れたのもアムステルダムのカナルハウスだ。こういった奥に長い構造を利用し、本棚で遮断して隠れ家スペースを作った。そこでナチスの追跡から逃れ、2年間息をひそめて生活していたのだ。

アムステルダムで最も小さい家

「アムステルダムで最も小さい家」

では、アムステルダムで最も間口が小さい家は、どれくらいの幅なのか。諸説あるものの、1738年頃に建てられたアウデ・ホーフ通りの家も「最も小さい家」(細い家)のひとつだと言われている。幅2.02メートル、奥行き5メートルのコンパクトな3階建てだ。

幅2.02メートルの家

こちらから見ると、更にその細さがよく感じ取れる。建築当時は職人の工房として活用されていたが、後に店舗兼住宅などに用途を変えながら、数世紀にわたりアムステルダムの街角に佇んできた。2014年からは、「Het Kleinste Huis」(最も小さな家)という名前のティールームになっている。

上下に分かれた「ダッチドア」

またこの建物には、ドアが上下二段に仕切られ別々に開閉する「ダッチドア」(Dutch Door)も採用されている。緯度が高いオランダでは、夏場も日本のような猛暑にはならないので、一般家庭にはほとんどがエアコンが普及していない。オランダの古い家では、ドアにも窓の役割をさせて、風通しを良くした「ダッチドア」を見かけることがある。

「Het Kleinste Huis」の内装

「Het Kleinste Huis」地階の茶葉ショップ

せっかくなので、「Het Kleinste Huis」の内部も紹介したい。地上階は、可愛いらしいティーショップになっている。気さくなオランダ人夫妻が、オリジナルブレンドの茶葉や、コーヒー豆を販売している。狭小住宅を改装したショップなので、奥に見える階段は、かなりの急こう配だ。

可愛らしいティールーム

上のフロアは、お茶とスイーツを楽しめるティールームだ。幅2.02メートル、奥行き5メートルをリアルに味わえる。

ステップの幅も狭い

階段を上から眺めると、こう見える。下りは、なかなかスリリングな気分になること請け合いだ。
ちなみに、こういった昔ながらの家はどこも階段はかなり急こう配。狭い床面積を少しでも有効に使うため、階段は狭く傾斜をつけて設計されているのが普通だ。アムステルダムの家に住むには、足元に注意が必要だ。

滑車を付けるためのフックが

そういった階段事情もあり、大きな家具の搬出入は、階段ではなく窓から行う。古い家には、この画像のようなフックが取り付けられていることが多い。このフックに滑車を取り付け、窓の高さに吊り上げるのだ。元々は税金逃れのために家が狭くなり階段が不便になったのだが、少しでも払うお金を少なくしたいという中世オランダ人の執念を感じる。

アムステルダムのカナルハウス

税金対策で細長くなったアムステルダムの家たち。その後、何世紀もアムステルダムに佇み、街の歴史を見守ってきた。街の歴史を作るのは、住人たちのそういった強い思いなのかもしれない。

「Het Kleinste Huis」
住所: Oude Hoogstraat 22
1012 CE Amsterdam, The Netherlands
電話番号:+31 (0) 20 752 75 85
公式ホームページ https://www.hetkleinstehuis.nl

文・写真/倉田直子(海外書き人クラブ/オランダ在住ライター)
北アフリカのリビア、イギリスのスコットランドでの生活を経て、2015年よりオランダ在住。主にオランダの文化・教育・子育て事情、タイニーハウスを中心とした建築関係について執筆している。海外書き人クラブ会員(https://www.kaigaikakibito.com/)。

 

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