肌が吸い付くような感覚に、ゾクッとする

浮気の経験はなかったのだろうか?

「30代の頃に、大学の同級生と1回、高校の同級生と1回。女性側からグイグイ来られて、そんな関係になっただけ。あれは、1回だけの間違いって感じだよね。だから奥さんにもバレていないし、そもそも奥さんは、私が何をしようが、あまり興味がない」

10年ぶりとは思えない再会に話は弾み、気が付けば終電になっていたという。

「私も強いけれど、彼女はお酒が強い。2人でワインが2本空いてしまい、彼女と一緒にタクシーに乗り、家まで送り届けようと住所を聞いたら、言いたくないという。理由を聞いたら『今日は帰りたくない』と。子供のことを聞いたら、『林間学校に行っている』という。そして、ついさっき聞いた、彼女の冷え切った夫婦関係の話。これは、そういうことだと思ったら、彼女の方から、渋谷のラブホテル街を行き先に告げている」

そう言った彼女の手を握ると、かすかにふるえていたという。

「きっと、彼女にとっても、これは初めての浮気なんだろうな……と思ったんだよね。彼女の意思を確認するように、私の膝に置かれた手に手を重ねた。そこから、手首からひじにかけて腕を軽くさすったのだけれど、肌が程よくこなれていて、手のひらに吸い付いてくるように感じたんだ。40代の成熟した女性の色香を感じた。その時に強い欲望を感じて、流れに身を任せてしまった」

彼女に誘われるままに、全てことが終わったあと、深夜にタクシーに乗ってお互いの家に帰った。

「なぜだか、朝まで一緒にいたいとはお互いに思わなかった。遊びというのでもなく、『これが最初で最後』という意識はお互いにあったと思う。彼女がレストラン代を『お祝いです』って出してくれたから、ホテル代は私が払った。もっと前からわかっていたら、いいホテルを取ったところだけれどね。でもああいうホテルだから、お互いの欲望をぶつけられたのかもしれない。“ええかっこしい”な場所だと、定年退職当日の男と、40代の女はみじめになるからね」

その後、彼女とは連絡を取っていない。

「もう一度……という気持ちはあるけれど、あれはあのままにしておいた方がいいなと思って。きっと向こうもそう思っているから、連絡をしてこないんだと思う。去年から移住もして、東京とはいい感じに距離がとれた。今まで、経験した女性は10本の指に収まるけれど、彼女とのことが、一番よかった。あれは忘れられない。男と女は1回なら奇跡だけれど、深入りすると事故になる……それはいろんな人を見てきて思うから、向こうから連絡がない限りは、静かにしているよ」

取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』『不倫女子のリアル』(小学館新書)がある。

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