文/鈴木拓也
近年の脳科学の進歩によって、男性と女性とでは、思った以上に脳の機能に差異のあることが判明しつつある。
例えば、空間認識能力。男性の脳は、広い空間を見渡して観察・警戒する能力に秀でている一方、女性の脳は半径3メートル以内を守備範囲として、手元の細かい点への注意力が優れているといった具合。
進化の過程で生まれた男女の脳の違いを知らないでは、人生100年時代を迎えて、夫婦仲を維持するのが困難になると力説するのは、人工知能研究者で脳科学にもあかるい黒川伊保子さんだ。
著書の『定年夫婦のトリセツ』では、夫が定年を迎え、夫婦そろって家にいることが多くなり始める時期が特に危険だとし、その対応策を提示している。なかなか興味深い話が多く、夫源病や熟年離婚の防止に役立つ具体的な話もあるので、今回はそのいくつかを紹介してみたい。
■夫は共感力を身につけよ
黒川さんが、定年退職する夫に「絶対」マスターしてほしいというのが、「共感力」だ。
その理由は、女性脳は水や空気のように共感を必要としているから。女性は、苦労体験などを共感してもらうと、今日1日のストレスがみるみる解消してゆくという。周囲から共感されているか否かが、自分の存在価値をはかるバロメーターになっているのが、女性脳の大きな特徴だとも。
そのため、夫婦水入らずになる夫の定年後は、夫からの共感がとても大切になる。
「なんだか腰が痛くて」には、まずは心配そうに「腰か、それは辛いなぁ」と応えてほしい。問題解決してあげたかったら。「片付け物は俺がするから、座ってて」と、家事手伝いを申し出るのが一番いい。「温めてみる?」なんていうのも親身な感じがして◎。(本書37pより)
これに対し、共感の伴わない「早く医者に行け」は、最悪のNGワード。妻が求めているのは、解決策(それなら既に知っている)ではなく、共感の言葉であることを、肝に銘じたい。
■妻の行き先をいちいち聞かない
黒川さんは、男性脳はゴール指向だと指摘する。だから、外出時を含め、何をするにも時間や場所などを決めておかないと落ち着かない。
それゆえ、妻が何も言わずふらりと出かけると気になってしょうがない。
そこで、思わず言ってしまうのが、「どこに行くんだ」、「何をするんだ」、「何時に帰る?」といった、妻をイラっとさせる質問の数々。
妻は、こう言われるのが嫌になって、次第に外出しなくなり、かくして夫源病に至るスイッチが押されることになる。
黒川さんは、妻の外出時に何も尋ねてはいけないとまでは言わない。その代わり、笑顔で「あ、出かけるの?」くらいの、ソフトなトーンに抑えるようアドバイスしている。「気をつけて行っておいで」「迎えは大丈夫?」など添えれば合格点だ。
■正論を振りかざさない
黒川さんは、たとえ正論であっても「妻の家事に小言を言うのは、禁止である」と述べている。
これも脳の男女差が関係する。男性脳は、家事においても1つのゴールを見据えてこなすが、女性脳は「ちょっと無責任なマルチタスク」。多種多様な家事のサイクルを回すには、この女性的なマルチタスクのほうが好都合だという。
例えば、やかんに水道の水を入れている間に、ほかのこまごまとした家事をやる。するうち、やかんから水があふれてしまう。
これを見て夫は、「やかんの水を出しっぱなしにして、他のことをするのなら、その作業量を見込んで、水道栓を調整しなさい」などと正論を吐いてしまう。
水があふれる程度は想定内のリスクと考える妻は、夫のこの一言で「絶望してしまう」。正論を振りかざすくらいなら、家事を手伝ったほうが建設的にちがいない。
■夫の縄張りを侵さない
本書は、夫に耳の痛いアドバイスの比重が高めだが(なにしろ定年で家に居つくのが夫側なので)、妻に対するアドバイスも禁則五か条という形で記されている。
その1つが、「縄張りを侵さない」
小さくてもいいから、夫の書斎(ガレージ、工房)を確保して、その空間にはなるたけ足を踏み入れない。ましてや、勝手に片づけないこと。家事も分担したら、夫のタスクについては、いちいち細かいことを言わないことも大事。やり方を尋ねられない限り。(本書150~151pより)
「縄張り=テリトリー」を無意識のうちに守ろうとするのも、男性脳の性(さが)。ここは妻として尊重してあげたい。
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お気づきの方もいらっしゃると思うが、本書は、2018年に刊行されベストセラーとなった『妻のトリセツ』(講談社)の第2弾。『妻のトリセツ』のアドバイスを実践して、「妻の笑顔を10年ぶりに見ました」「夫婦仲が劇的によくなり、定年が怖くなくなりました」など、読者の反響は大きかったという。定年後の伴侶との生活に不安を感じている方は、2冊セットで読んでみてはいかがだろう。
【今日の定年後の暮らしに良い1冊】
『定年夫婦のトリセツ』
https://www.sbcr.jp/products/4815601638.html
(黒川伊保子著、本体800円+税、講談社)
文/鈴木拓也
老舗翻訳会社役員を退任後、フリーライター兼ボードゲーム制作者となる。趣味は散歩で、関西の神社仏閣を巡り歩いたり、南国の海辺をひたすら散策するなど、方々に出没している。