娘のために、残りの人生をかけて働くつもりだった
子どもとの生活は楽しかったが、家事育児に一切協力してくれない夫と一緒に暮らすことには苦痛を感じていったという。
「夫ではなく、もう1人の大きな子どもがいる感覚でした。子どもに興味がないのか、泣いていても無視。イヤホンを付けられたときには殺意が芽生えるほどでした。それなのに、私には構ってほしいみたいで、夜の生活もほぼ毎日求められました。それが一番うんざりしましたね。もういっそ1人で子育てをしたほうが楽だと思いました。
だから、夫が外で女性を作ったときは、悲しいというよりも、やっと別れる理由ができたと思いました」
離婚をしてからは、しばらくは実家で生活をしながら夜の店で働くことを再開した。お金がたまってからは娘と2人暮らしを始め、仕事も昼のものに変えて働き続けた。離婚してからは、42歳まで一度も恋愛をすることはなかったという。
「母子家庭だからってお金での苦労を娘にさせたくない一心でした。それに離婚を選択したときに両親のことを傷つけたのだから、都合よく頼ることもしたくなかったんです。だから、恋愛なんてする暇はありませんでした。
娘と2人だけでも幸せでした。娘とは仲が良くて、娘は私に隠し事などもせずに恋愛の相談もしてくれるような関係性だったので。そんな娘のことがきっかけで、私もマッチングアプリをすることになったのです」
娘のために生きてきた母親に対して、娘がした行動とは。【~その2~に続きます】
取材・文/ふじのあやこ
情報誌・スポーツ誌の出版社2社を経て、フリーのライター・編集者・ウェブデザイナーとなる。趣味はスポーツ観戦で、野球、アイスホッケー観戦などで全国を行脚している。










