母親の本音は「ずっと戻りたかった」
両親は仲良くしているものの、別々の家を持ったまま同居することはなかった。武志さんと父親は頻繁に連絡を取っていたが、武志さんと母親の関係は今までのままだった。そんな期間がしばらく続いた後、両親が再び一緒に暮らし始めるきっかけがあったという。
「父にガンが見つかったんです。幸い手術できる段階のものでしたが、その後の放射線治療で食事が十分に食べられない時期があり、父は痩せてしまいました。それに病気になったことで気持ちのほうも落ちてしまっていたんです。そんなときに私が父の側にいてあげたかったのですが、妻が不妊からメンタル不調になっている時期と重なってしまっていて、私は父の元に頻繁に行くことができませんでした。
そんな父親の側に、母親がいてくれることになりました。母が実家に戻って来てくれたんです」
父親が入院中に何度も母親と顔を合わす機会があり、そこで武志さんは母親に、父親のこと、妻のことなど20年以上ぶりに弱音を吐いたという。その言葉を聞いた後、母親は「ずっと家に戻りたかった」と言った。
「母親は父親が入院のときから頻繁に様子を見に来てくれていたものの、別居は頑なに続けていました。その姿を見て、もう両親が2人で暮らすことはないんだと諦めていました。だから、私の弱音というか愚痴は母に戻ってきてほしいと思っての発言ではなかったんです。だた、父のために何もできない自分がふがいなくてポロっと吐露してしまった言葉でした。それを聞いて、母親は『家に戻りたい。ずっと戻りたかった』と言ってくれました」
後に母親は、「(武志さんが)頼ってくれたことで家族に戻ることを許された気がした」と言っていたという。子どもが大人になると親との関係性も変わり、少し距離ができることで互いを認め合い、穏やかな関係を築けるようになるのだろう。20年前は想像できなかった親子関係を今楽しめていると武志さんは笑顔で語る。
取材・文/ふじのあやこ
情報誌・スポーツ誌の出版社2社を経て、フリーのライター・編集者・ウェブデザイナーとなる。趣味はスポーツ観戦で、野球、アイスホッケー観戦などで全国を行脚している。
