「人間の血は、想像以上に多く流れる」
1990年代前半頃からアフリカの政治状況が悪くなり内戦が勃発、東南アジアも政情が不安定になっていった。これが、海賊の暗躍に繋がっていく。
「漁師たちの仕事がなくなり、彼らは自ずと海賊になります。昔から沖で停泊している船内に侵入し金品を奪う海賊について、警戒が促されていました」
康生さんは、乗った船が沖で停泊しているときに海賊の襲撃を受けた。
「勤務を終えて、自分の船室で寛いでいたら、ドアが外側からガンガンと叩かれる。ドアの隙間から鋭利なナイフを差し込まれ、ドアに体当たりする音もする。僕は武道をやっていたので、腕に自信があったのですが、結局鍵を開けました」
他の人より抵抗時間が長かったので、海賊は腹が立ったのだろう。ドアを開けるとすぐ、康生さんに発砲した。
「相手は子供みたいな若さだったから、人の命をなんとも思っていない。威嚇半分、本気半分の発砲でした。弾丸ってものすごく速いですし、あれが当たったら死ぬとわかる。弾丸の物質的なエネルギーは、ものすごく重い。これが0.1秒くらいで察知してしまう」
遊び半分に殺されるのではないかという感覚もあった。
「ああいうときは、僕を支えてくれたいろんな人の存在を強く認識する。まずは妻と子供たちです。独身なら真っ先に“お母さん”となったでしょうが、結婚すると“純子(妻)!”となるんですよ。子供より、親より先に妻の顔が浮かぶのは、不思議なもの」
弾痕を見ると、あと数センチずれていたら、明らかに康生さんの体に命中していた。同僚の中には、抵抗して斬られていた人もいたという。
「ポルトガル人のメスマン(給仕係)は、軍にいた経験もある陽気な人でした。彼は抵抗したのか腕を斬られていた。人間の血は想像以上、ものすごい量が出るんですよ。血溜まりのようなものができ、止血してもすぐに血が滲むのです。命に別状はないと知り、ホッとしました」
海賊は、船内の金品を奪うと、下船して闇に消えていったという。その後、2000年代にかけて、世界的に海賊の横行が問題になる。やがてそれは金品や積荷を奪うだけでなく、人質をとった身代金請求や、船そのものを奪うようになっていく。
その中でも有名なのは、1999年に起こった、パナマ籍貨物船アロンドラ・レインボー号事件だ。インドネシアから日本向け出港していた船が、海賊に襲われ、船体ごと奪いさられる。日本人船長を含む17人の乗組員は、ボートで漂流し10日目に全員救助された。
「こういうことは、増えてくだろうと思ったのです。実際、海賊の被害は収まらず、多くの船員が犠牲になっていた。僕一人なら、命がけで日本のために物資を運ぶ仕事をしていたと思いますが、全く別の仕事をしたいと思って仕事を辞めました」
【手に職をつけるために、整体の先生の門を叩く……その2に続きます】
取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』 『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)、『沼にはまる人々』(ポプラ社)がある。連載に、 教育雑誌『みんなの教育技術』(小学館)、Webサイト『現代ビジネス』(講談社)、『Domani.jp』(小学館)などがある。『女性セブン』(小学館)などにも寄稿している。
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