「お父さん、いろんなことができるじゃん」

とはいえ、繁之さんは妻のお荷物にはなりたくない。それは、55歳のときに「あなた、ずっと私たちをほったらかして、仕事ばかりしていたんだから、濡れ落ち葉にだけはならないでね」と釘を刺されていたこともある。それよりも「自分のせいで、誰かの足を引っ張る」という状況に耐えられない性格が大きい。

「息子に、今から俺にできる仕事はあるかと聞いたら、わからないけど“プロボノ”のマッチングサイトを見てみれば? と言われたんです」

プロボノとは、スキルを活かしたボランティア活動のことだ。これを始めるために、自分が何が得意で、どんな貢献ができるかを考えなければならない。繁之さんは「俺、何もできることないよ」と息子に言うと、「何言ってんの? マーケティング、チーム統括、契約書の精査とかPRとか、いろんなことできるじゃん」と言ってくれた。

「それで自信を持ったんです。息子が、“お父さんは酒が好きだし、町おこしを目的にしている酒蔵に応募してみたら?”と言われ、経歴をまとめたものを送ったら採用されました。現地に行って驚いたのは、私の年代の人が、第一線で力仕事をしていること。あと、仕事を自分で探さないとダメなことでした」

繁之さんは10日ほど現場に行く仕事を得た。ボランティアなので無償で、交通費も自腹だ。宿泊は古民家を無料貸与された。出勤すると、リーダー格の人から、繁之さんの仕事の目的を聞かされた。そして、誰かから指示が来るのを待って、1時間が経過した。

するとリーダー格の人が来て「さっき、目的をお話ししたんで、動き始めてください」と言われたという。

「ずっと、仕事は誰かの指示を待って行うもので、余計なことをしてはならないと思い込んでいましたが、これからは違う。会社にいると、仕事は上から降ってきて、断ることに四苦八苦するものですが、これからは“仕事を取る”ことに頑張らなくてはいけないんだと」

このプロジェクトで、繁之さんは一応目的を達成したものの、「指示待ちのジジイ」というレッテルを貼られたことを感じた。

「みんな表面上はいい人なんですが、下に見られていることは感覚としてわかる。この失敗を活かさなければと思いました」

帰宅した繁之さんは興味がある酒造メーカーに、プロボノの経験に加えて「こんな仕事をしたい。お役に立ちたい」という応募メールを送った。

「20社くらい送ったら、10社くらい返事が来ました。そのうち、”合う”と思った2社の相談担当者のような存在になり、3年目になります」

営業担当が上京するときの“壁打ち”係、PR会社や制作会社から上がる見積もりの精査、社長の個人的な相談役などをして、月に10〜20万円ほど得ているという。

「私の報酬を安いと思うか、高いと思うかは、相手の感覚次第。“お金をください”という抵抗感は思いのほか強く、そこを乗り越えるのも大変でした」

そして、その仕事ができる定年まで勤めた会社の信頼度と、一度も転職せずに勤め上げた経歴、そして卒業した大学の知名度によるところも大きい。

「それもあるけれど、やはり、相手を思う情熱を伝えることや、いつも楽しそうにしていることのほうが大切かもしれません」

人手不足で、ボランティア活動から、道が開ける可能性も高まっている。「できるところ」ではなく、「できそうなところ」から始めることが大切なのかもしれない。

取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』 『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)、『沼にはまる人々』(ポプラ社)がある。連載に、 教育雑誌『みんなの教育技術』(小学館)、Webサイト『現代ビジネス』(講談社)、『Domani.jp』(小学館)などがある。『女性セブン』(小学館)などにも寄稿している。

1 2

 

関連記事

ランキング

サライ最新号
2025年
2月号

サライ最新号

人気のキーワード

新着記事

ピックアップ

サライプレミアム倶楽部

最新記事のお知らせ、イベント、読者企画、豪華プレゼントなどへの応募情報をお届けします。

公式SNS

サライ公式SNSで最新情報を配信中!

  • Facebook
  • Twitter
  • Instagram
  • LINE

小学館百貨店Online Store

通販別冊
通販別冊

心に響き長く愛せるモノだけを厳選した通販メディア

花人日和(かじんびより)

和田秀樹 最新刊

75歳からの生き方ノート

おすすめのサイト
dime
be-pal
リアルキッチン&インテリア
小学館百貨店
おすすめのサイト
dime
be-pal
リアルキッチン&インテリア
小学館百貨店