5歳年下の恋人もできて、見える世界が変わった
コロナ禍があけ、孫の世話も落ち着いた今、続けているのはサッカーだけだという。
「思えばあのとき、コロナとか孫とかいろんな偶然が重なって、サッカーサークルに出合えたことは良かったと思っています。60歳だったから“やってみよう”という気持ちになれましたし、新しい世界に入る勇気も自信も残っていた。仕事をしていないと、これらはどんどん消えていく。僕の場合、本当にプライドが高いので(笑)、65歳まで雇用延長して、不本意な思いをしながら仕事をしていると、現役世代に“飼われている”という僻み根性で気力が消えていたと思うんです」
毎週、河川敷でサッカーの練習をしているうちに、気持ちも前向きになり、毎日が楽しくなってきたという。
「離婚以来、女性と交際する気持ちになったことはありませんでした。何度かチャンスはあったのですが、明らかに僕のお金目当てということがわかり、失望するうちに未婚の女性を遠ざけるようになってしまった。恋愛ごときで傷つきたくないんです。それより仲間とつるんでいたほうが楽しい」
サッカーの練習の後は、飲み会をすることが多いという。河川敷近くの安酒場で1人2000円程度の飲みをする。
「学生時代に戻ったような気持ちです。年齢を重ねるほど幼くなっていく感覚はあります。若返るのではなく、幼くなる。わがまま放題で、自分のことしか考えられなくなるんですよ。皆が好き勝手なことをやり、サッカーに興じているから楽しいのです。それを思うと、人の成熟は仕事と共にあると思いますよ」
そんなある日、ある女性が店に来た。武志さんが加入する前に古株のメンバーだった人の妻だという。
「彼女はよく、12歳年上のご主人の応援に来ていたそうです。子供がいないおしどり夫婦だったのに、5年前に心臓発作でご主人が亡くなってしまった。その後もときどき、ご主人を偲んで試合を見にきたり、飲み会に顔を出したりしていたときに、僕と出会った」
その女性の夫と武志さんは少し似ているという。そこに親しみを覚えて連絡先を交換。武志さんから食事に誘った。
「サッカーをやっていると、“流れが生まれた”という瞬間がわかる。とにかく彼女と食事をしなければと思い、連絡をしたんです。こういうことは男からやらなくてはならない。彼女は若々しく、子供を産んでないから体の線がきれいなんですよ。はじめて会ったときは、ズボン姿だったのですが、食事の時にワンピースを着て来た。それにときめいてしまったんです」
そこから半年以上もデートを重ねて初めて手を繋いだ。それからキスまで2か月かかったという。
「62歳のときに“僕と付き合ってください”と告白しました。そんなこと、人生初ですよ。それまで何となく女性から来て、去っていくというのがパターンで、まさに初恋のようなもの。交際から2年、サッカー仲間には何も言っていませんが、わかっているみたいですね。週末に彼女が僕の家に来て、帰るという生活をしています」
結婚する予定はないという。
「彼女は夫から相続した莫大な財産があります。親族からすればポッと出の僕と結婚したら、恨まれかねない。僕もささやかな財産はありそれは息子に贈りたい。だから、結婚はしません。それにお互い今さら新生活を始めるのも大変ですしね」
ただ、今後の人生を一緒に過ごせるかもしれないという女性がいるのは、心の支えになるという。武志さんは「60歳は現役。知力と体力が残っているうちに、次の人生を模索できて良かった」と繰り返していた。人生を開拓するのは人だ。既存の人間関係以外の世界に飛び込む勇気は、今後の人生に必要なのかもしれない。
取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』 『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)、『沼にはまる人々』(ポプラ社)がある。連載に、 教育雑誌『みんなの教育技術』(小学館)、Webサイト『現代ビジネス』(講談社)、『Domani.jp』(小学館)などがある。『女性セブン』(小学館)などにも寄稿している。