「あれはハニートラップだったと思う」
家族より仕事を優先し、会社に貢献できることが嬉しかった。そんな順風満帆の日々が終わったのは、43歳の時だった。
「第二新卒で入社してきた女の子と東海地方に出張したんです。目的は工場の視察と、法人営業。ウチの会社は昔ならピカピカの新卒しか入れなかったのに、2000年代から第二新卒や転職組を受け入れるようになった。そういう子は会社に馴染みにくいし、ちょっとひねくれているところがある」
その女性も「私は外様ですから」と自虐するのが口癖だったという。
「自分はよそ者だと思っていては、チームの一体感は生まれない。だから、よく“飲みニケーション”をしていましたよ。出張の日も、現地の営業所の若い奴2人を呼んで、その子と僕の4人で飲んだ。商談が成功したこともあり、気持ちも高揚していた。その子に“君も俺たちのチームだ”みたいなことを言い続けていたら、彼女は“そんなこと言ってくれるのは部長だけです”と嬉し泣きするんだよ」
和夫さんは女性の涙に弱いという。その日は2次会でカラオケスナックに行った。女性は相当に酔い、しなだれかかってきたという。同席した現地社員は、30代の独身男性だったが、女性は和夫さんにボディタッチを繰り返した。
「男はバカだから“俺のこと、好きなのかも?”って思っちゃったんだよね。ビジネスホテルに連れて帰ると、俺の首に手を回して“好き”とキスをしてくる。飲んでいる間、誘うような仕草をしているから、こっちも気分が乗っている。それで、ビジネスホテルでそういうことになったわけ」
ビジネスホテルに避妊具はなく、和夫さんに持ち合わせはない。女性が「化粧ポーチの中にある」と言った。
「今は避妊具の携帯は常識かもしれないけれど、俺の時代は男が用意するものだった。当時、女性で携帯している人は売春のプロみたいな感覚があり、“あれ?”と思ったんだよ。僕はあそこで目が覚めるべきだったが、理性が負けた。で、朝になったらお互い裸で寝ている。俺はしでかしたことに気づいて、真っ青だよ。彼女にも“ごめん、魔がさした。忘れてほしい”と謝罪した」
しかし、彼女は「ごめん、ってどういうことですか?」と激怒。会社に戻ると、彼女はあることないこと噂話にして、和夫さんを追い込んでいった。
「東京に戻ってすぐ、人事に事情を説明に行けばよかったんだけど、仕事が忙しいこともあって“なかったこと”にしちゃったんだよ。それで噂は手がつけられない状態になったところで呼び出しがかかって、ジ・エンド」
それでも、会社は売り上げを立て続ける和夫さんを優先し、女性を地方支社に左遷させることにした。
「それでまた、激怒。会社でも相当、暴れ回って、俺の評判はガタ落ち。皆が無視を決め込むと、彼女はカミさんに“オタクの旦那さんに乱暴されました”って電話したんだ。カミさんも肝が据わっていて、“ああそうですか。ウチの旦那を世話してくれてありがとうございます”って。カミさんは肝が据わっている。信頼できるから結婚したんだ。一応、説明して許してくれたけど、いまだに頭が上がらない」
和夫さんはその後、懸命に巻き返しを図ったが、部長より上の局長にしか進めなかった。
「ウチみたいな硬い会社は、女性スキャンダルを嫌う。社内恋愛=結婚という会社だから、女性社員を周到に避けていたのに、まさかのトラップ。あれはハニートラップだったんじゃないかと思う」
地方支社に勤務になった女性は、現地の大企業の御曹司と結婚。今は幸せに暮らしているという。
「この前、あまりにも暇だったので彼女の名前を検索したら、地方のロータリークラブのドンみたいになっていた。でっぷり太って金の匂いがぷんぷんして、今はこっちが復讐したいくらいですよ(笑)」
【孫会社の社長程度にはなれると思っていたが……その2に続きます】
取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』 『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)、『沼にはまる人々』(ポプラ社)がある。連載に、 教育雑誌『みんなの教育技術』(小学館)、Webサイト『現代ビジネス』(講談社)、『Domani.jp』(小学館)などがある。『女性セブン』(小学館)などにも寄稿している。