社会問題に興味を持ち、仕事も始めた
娘は結局、1年間、由美さんと一緒に生活をして、会話術を教えた。娘は容赦無く現実を突きつける。鬼のような指導に怒りに震えたり、悲しみに暮れたりしたが、「ママに頼られても、私は一切手助けできない」と言われると、娘に従うしかなかった。
「私が受け身なことも指摘されました。主人は愛人に“家族旅行は苦行。お由美様のお好みの場所に連れて行き、楽しませてあげないといけないから”と言っていたそうです。主人は60歳の時、一人旅をしてくると、東欧旅行をしたのですが、彼女が計画を立てて、主人を連れていったと。私はそういう積極的なところがなく、ぼーっとしているだけだった自分を恥じました」
それまで、行きたいところがあったら、それとなく夫や娘に伝えて、連れていってくれるのを待っていたという。
「コンサートのチケットも、誰かに取ってもらっていた。友達と旅行をしても、そこにくっついているだけだった。私が2度と誘われないのは、こう言うところだと。“ネットに詳しくないから”とJRの割引切符を友達にとってもらった過去も恥じました」
娘は、由美さんが「金沢に行きたい」と言った一言を聞き逃さず、チケットや宿の手配を教えて、実行させた。
「全部自分で手配して、お金も払ったのは初めてです。私は誰かが手配して“お金を払えばいいんでしょ”と思っていましたが、それは大きな間違いだった。会員登録して、IDとパスワードを決めて、予約することは手間がかかる。それを気軽に人に頼み、私は遊んでいるだけだったんですから」
金沢に一人旅してわかったことは、夫が亡くなっても、愛しているということだった。
「どこもここも熟年夫婦ばかり。会話をしなくてもわかり合っていることがわかるんですよ。顔も似ているしね。華やかなところに行こうと、東茶屋街を歩いていて、ソフトクリーム柄の小皿を見かけたんです。あまりに可愛くて“パパ、これいいね”と口から出てしまったんです。でも、主人はおらず私一人。この時、私は主人のことが大好きで、愛していることがわかったんです。それなのに、主人に甘えてばかりいた後悔で、道端なのに泣いてしまった。私も主人を連れて、もっと旅行がしたかったし、一緒にいたかった」
旅から帰り、その感傷を娘に言うと、「時間は巻き戻せないから、その会話がムダ」と言われたという。
「その通りだと(笑)。もう死んでしまったものは還らない。それなら明日に向かって生きようと、近所の人に誘われて、中学校のサポートスタッフとして働くことにしたんです。仕事内容は、プリントの印刷、教材の準備や掲示物の作成など。職員室の片隅で待機し、先生の雑用をするのが仕事です」
続けるうちに、子供から「おばさん」と呼ばれ、話すようになった。
「娘に教えられた通り、“どうしたの?”と聞き、相手に興味を持つことから始めると、みんな色々話してくれる。いじめや悩みについて話してくれる子も増え、もう6年間もやっていますが、人気の“おばさん”として、週2で出勤しています」
先生から頼りにされることも増え、毎日充実しているという。これも娘が会話術を教えてくれたからだと感謝していると続けた。
由美さんの場合、若くして専業主婦になり、夫や実家が由美さんを守ってくれていた。それゆえに、世間を知る必要がないために、多くのことに気づけなかった。しかし、娘は現実を直視させ、そこで生きる術を母に教えた。そこから、由美さんの人生が始まったのだ。
取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』 『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)、『沼にはまる人々』(ポプラ社)がある。連載に、 教育雑誌『みんなの教育技術』(小学館)、Webサイト『現代ビジネス』(講談社)、『Domani.jp』(小学館)などがある。『女性セブン』(小学館)などにも寄稿している。