現場に連れて行ってくれないので、おかしいと思った
彼は広告代理店時代に、地方に人脈を作っていたと話していた。実際に、その会社は地方自治体のサイトや地域創生イベントなどを手がけている。
「彼は事業プランを持ってきた。事業は社会課題を解決しないことには始まらない。23区内でも空き家が社会問題になっており、ここに国内の建材を使ったサウナを作り、リトリートの場所にする。個人が楽しむのもいいし、スタートアップの研修場やイベント会場としても使えるようにしたいと熱弁していました」
事業計画はしっかりしていた。目をつけているエリアと、住民の世帯年収、ネットの意識調査も行われており、「90%の住民が、近くにサウナがあったら使いたい」と回答しているエビデンスも提出された。
「そこに食いついてしまったんです。リサーチに金がかかることはわかっている。これだけの調査を行なうとは、この男は本気だと。サービス名、ロゴマーク案まであり、それを作ったのは東京藝術大学を卒業した有望なアーティストでした。SNSにページがあり、海外でも展覧会を行なっていた実績もありました」
そこで、事業準備資金として、200万円を出資する。
「私がこれを実現したいと思って、準備資金を出す話を持ちかけたのです。一応、借用書のようなものは書いてもらいました。それから1か月、“いい物件がありましたが、ダメでした”という連絡が入ってきて、まともに活動しているのだと安心していたのです」
その後、物件が見つかったというので下見に同行する。各駅停車しか停まらない私鉄沿線の物件だった。
「彼はこの家は井戸があり、最高の水風呂体験ができると力説するので、いいのではないかと思いました。その日は、サウナのショールームなどを周ったのです。それから数日後、“あの家を借り、リフォームする”という連絡が入りました。テーマは“茶道”で入り口を小さくした空間を作り、そこで宇宙を体験させると語り、私もそれが実現すると思っていたのです」
康平さんが出資した200万円のうち100万円を使って作ったというホームページを見せてもらった。とても先鋭的で、インバウンド客も見込めると確信したという。共に地方の資材メーカーなどを周り、素材の選定をした。
「その後、リフォーム費用などを折半したら300万円だというので、それは契約書を交わして振り込みました。食事会で知り合った弁護士に契約書を見てもらうと、問題ないんじゃないと言われたので決断したのです」
それから、彼とは連絡が取りにくくなったという。
「まず、工事現場に連れて行ってほしいと言ったら、忙しいと言われる。こっちも焦って、資材メーカーの担当者に連絡をしたら、発注がないと。そのあたりから、“ああ、やられた”と。SNSのアカウントは削除されており、アーティストのアカウントも消えていました」
彼と出会ってから1年間の出来事だったという。ただ、疑問なのは康平さんが建築の専門家であり、サウナは温浴施設になるために建築基準法、公衆浴場法、消防法の認可が必要になる。
「当然、それはわかっていました。だた、今回はとても小規模なためにそこまで規制されないことも知っていたのです。自治体のルールを調べたら、あの家で“文化を発信する施設”を作り、サウナを置くことは可能なんですよ。まあそういうことを知っていたことも、ひっかかっちゃった原因でしょうね」
康平さんは終わってみると「なんでこんな奴に500万円も払ったんだよ」と思うほど、計画は杜撰だったという。ただ渦中にいると、全くそれが見えないのが、詐欺だ。
「詐欺師は人を夢中にさせるのが上手い。多分、自分自身を騙し、本当に自分がその夢に向かっていると思い込んでおり、そこで人を支配していくんでしょう。私は500万円で済みましたが、他にも色々あると思いますよ」
今、土地にまつわる詐欺を描いた『地面師たち』(Netflix)というドラマが話題だ。康平さんもあれを見て「こういうことは起こりうる」と話していた。狙われたら最後、逃げられないのが詐欺だと言えるのかもしれない。
取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』 『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)、『沼にはまる人々』(ポプラ社)がある。連載に、 教育雑誌『みんなの教育技術』(小学館)、Webサイト『現代ビジネス』(講談社)、『Domani.jp』(小学館)などがある。『女性セブン』(小学館)などにも寄稿している。