息子から届いた「あなたに苦しめられて育った」という絶縁状
息子の結婚と、由美子さんのアパートの相続はほぼ同時だった。それまで住んでいた都営住宅から、3駅離れた母から相続したアパートに引っ越すための準備を始めた頃に、息子が「この人と結婚する」と女性を連れてきた。
「最初に会ったときから、“この子は根性が曲がっている”と思いました。歴史が浅い大学の講師を何個も掛け持ちでやっていて、複数のNPOで社会貢献活動をしている。いいところのお嬢様らしいのですが、甲高い声で、息子のいいところをつらつら話してきて、本心がどこにあるかわからない。この女性と結婚してもうまくいかないとは思いましたが、私も息子と離れ、一人になるいいタイミングだと思って、息子をよろしくお願いします、と頭を下げましたよ」
引っ越して一人の空間に身を置いたとき、「これから24時間が私のものなんだ!」と心の底からワクワクして嬉しくなったという。
「やはり、息子がいれば洗濯機を回して、息子の好物があれば買い、朝起こして、ご飯を作って送り出す。”いい大人なんだから”と思っても、なんだかんだと手を動かしてしまう。息子のことは愛していますからね。でもそろそろ自由にしてほしいと思っていたのは事実。息子が出ていって、一番嬉しかったのは、映画が集中して見られること。息子は私がドラマや映画を見ていても、お構いなしに話しかけてくる。彼が家を出てから、好きな作品を集中して観られる幸せを感じました」
当時、ハマったのは韓国ドラマ『冬のソナタ』。社会現象になるほど大ヒットし、略語「冬ソナ」は2004年の「ユーキャン新語・流行語大賞」も受賞した。
「一人になった自由と寂しさ、亡くなった夫への愛情を再確認したいと思っていた当時の私はどハマりしてしまったんです。といっても、特定の俳優さんが好きなわけではなく、あの世界が好き。音楽も美しく、出てくる人はみんな優しくて、深くて、なんて心が美しい人ばかりの世界なんだろうと。それまで私は、映画『カサブランカ』が大好きだったのですが、それ以上に好きになり、毎日観ていました」
結婚した息子が連絡してこないのも好都合だった。
「あのベラベラしゃべる“ベラ男”がいないと、映画もドラマも見放題。一人って気楽でいいなと。思えば子育て、夫の看病、そしてさらにお金を稼ぎ、息子の世話をするという一人の時間がない人生でしたから」
孤独にもなれた頃、結婚1年目の息子から絶縁状が届いた。そこには「あなたにはずっと苦しめられて育った」という文章があったという。
「配達記録の封書が届き、“なんだ?”と思って開封すると、私によってどれだけ苦しめられたかが便箋3枚にびっしり書いてあるんです。一番悲しかったのは“僕に野球道具を与えるとき、高いのを買ってあげたんだから、結果を出せと言われたのが苦しくて、無理して野球を続けた”とありました」
由美子さんは衝撃で膝が震え、涙が止まらなくなる。
「その日はスナックに出勤する日だったのですが、この状態では行けない。ママに電話すると、“手紙を持ってすぐ来なさい”と。タクシーを呼んで、スナックに行くと、ママが一緒に手紙を読んでくれて、“これってさ、嫁の差金じゃないの? あなたと息子の仲がいいから引き裂こうとしたのよ”と。言われてみれば、そうなんですよ。それで気持ちの整理がつきました。なんでもそうですが、一人で抱え込まないことは大切ですよね」
以降、15年間、息子とは音信不通になったという。その間、由美子さんは友人や知人と旅行をしたり、遊びに行ったりする時間を過ごす。「閉経になってから、やたら元気になって、あれは私の青春時代です」と振り返る。
【離婚直前に、最初で最後の家族旅行に行く……その2に続きます】
取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』 『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)、『沼にはまる人々』(ポプラ社)がある。連載に、 教育雑誌『みんなの教育技術』(小学館)、Webサイト『現代ビジネス』(講談社)、『Domani.jp』(小学館)などがある。『女性セブン』(小学館)などにも寄稿している。