目に見えて体調が悪くなり、希望が消えていく病気

目に見えて痩せていき、衰えていく妻は「家にいたい」と言い、自宅療養に切り替える。そのときはコロナ禍に突入していた。もしものときに医師は駆けつけてくれない怖さもあったが「病院では死にたくない」と。

「妻が亡くなるまで2週間。息子の学校も休校になり、ステイホームが叫ばれていたこともあってずっと家にこもっていました。僕は妻のために、毎日スープを作っており、調子がいいと2口程度食べてくれる。ぽっちゃり体型だったのに、可哀想なくらい痩せてしまっていて、目に見えて希望が消えていくんです。その姿が愛しいやら悲しいやらでずっと泣いていました」

亡くなる前日、昏睡状態だった妻が目を覚まして、光一さんと息子の目を見てかすかな声で「気をつけてね」と言った。

「意識はなかったと思います。妻は僕と息子が会社や学校に行くときに、“行ってらっしゃい”ではなく“気をつけてね”と送り出していた。妻は父を交通事故で亡くしている。“気をつけて、無事に帰ってきてね”という意味なんだと思う。それが最後の言葉。でも、妻は僕と息子に言葉を残してくれた」

光一さんは60歳、妻は52歳になったばかりだった。「来年の桜を見よう」と言っていたのに、間に合わなかった。

「3月、コロナの真っ只中で、葬式もろくにできなかったんです。でもSNSでつながっていた人が集まってくれて、僕たちを慰めてくれた。妻の死後の1年は事務処理、墓探し、友人知人への連絡に追われていました。時々、ふっと悲しくなって落ち込むこともありましたが、息子と一緒だから乗り越えられました」

光一さんは息子に、悲しむときは一緒に悲しもうと言った。

「夜になると、大学生の息子が“お母さんに会いたい”って泣くんです。それにつられてもらい泣きして、二人で遺影とお骨の前で号泣する。世間からどう見られるかなんて考えません。あのときに、悲しみを悲しみ抜いたから、今があるのかもしれません。悲しむときに、悲しんだ方がいいんですよ」

1年もしないうちに、妻がいない苦しみがフッと軽くなった。

「息子の大学もリモートから切り替わり、日常生活が始まると、朝起こしたり、弁当を作ったりやることが増える。改めて妻に感謝です。彼女は仕事をしながら、これらの家事をこなしていたんですから」

そして、光一さんも地元のカルチャーセンターに通い始める。ギター、英語、カラオケ、絵画や落語の鑑賞など興味があることを手当たり次第に受けた。

「こんな世界があるんだと。地元に友達もできて、スーパーに行くと挨拶するつながりができたのもよかった。定年後は、人と交流する地元のサークルに思い切って飛び込むことが大切だと思います。1週間に1回会ううちに気心が通じますから。あと、仕事の人間関係と違って“こいつは俺より強いか・弱いか”という値踏みをしなくていい。これはなかなかいいですよ」

現在、光一さんはカルチャーセンターでつながった人から紹介され、地方企業の相談役になっているという。

「要は、社長と役員の壁打ち相手というか、カウンセラーのようなものですよ。お金をいただいているので、記録を残したり、課題の提案などもしています。グローバルで仕事をしてきた経験が買われているようです。あと、危険物取扱者とか電気工事士とかたくさんの資格を持っているのも評価されているようです」

息子も独立し、これからお金はかからない。自分一人の人生なら経済的に不安はない。

「再婚する気もないですし、女性と付き合う気持ちには全くならない。ただ、一緒に外食をする相手は欲しいかもしれない。僕は近所に好きなレストランがあって、毎週でも通いたいんだけれど、お店の人に“あの人、またひとりよ”と思われるのが嫌で(笑)。変なプライドなんですけどね。息子と二人もいいんですが、男二人で喋ることなんて、何もないんですよ」

その息子は、学生時代から交際していた女性と来年結婚するという。その女性は妻にどこか似ているそうだ。「男はみんなマザコンなんです」と言う光一さんは、「子供は二人欲しい」と言う息子と息子の婚約者に、「僕が子供の面倒を見るよ。何でもやる」と宣言している。今の希望は、働き盛りの息子夫婦を徹底的にサポートすること。そのために、筋トレもはじめ、おじいちゃんとしての新たなキャリアに向けて、準備しているという。

取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』 『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)、『沼にはまる人々』(ポプラ社)がある。連載に、 教育雑誌『みんなの教育技術』(小学館)、Webサイト『現代ビジネス』(講談社)、『Domani.jp』(小学館)などがある。『女性セブン』(小学館)などにも寄稿している。

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