母子家庭は目立つ存在。同情の目には気づいていた

元々短時間のパート勤務をしていた母親だったが、離婚後には別の場所で働きはじめ、毎日忙しそうにしていた。しかし、どんなに忙しそうでも母親の手作りの夕食を一緒に食べ、小学校3年生までは毎日一緒にお風呂に入っていた。母親と一緒の時間があることはうれしかったというが、同時に申し訳ない気持ちにもなったと振り返る。

「母親は夕方までの仕事をして、その後は家でチラシを封筒に入れる内職のようなものをしていました。父親の物があった場所にはそのチラシが入った段ボールが積み重ねられていて、母親は夕食が終わると父の面影が残るその場所で仕事をしていました。

夕食後には私の学校の明日の持ち物を確認してくれる時間があって、その時間とお風呂が母親にかまってもらえる時間でしたね。私はそんな時間がうれしかったのですが、いつからか、仕事の手を止めさせてしまって申し訳ないなって思うようになっていきました」

父親がいなくなっても母親のおかげで寂しくはなかった。しかし、近所の人たちの声から「自分はかわいそうなんだ」と思うことはあったという。

「小学生だったので近所に友だちの家族などもいて、母子家庭なことは近所中が知っていたと思います。母親はちゃんと仕事をしていて、父親からの養育費もあって私の家は決して貧しかったわけではなく、何かを我慢させられていたこともないのに、近所のおばさんから『お家大変でしょう』と言われたり、友だちの親から『晩御飯食べて帰っていいのよ』ということをよく言われていました。なんとなくかわいそうと思われているんだなって気づいていました。どんなに自分が幸せだと感じていても、母子家庭というだけで憐みの目がありました。

私が暮らしていたところはそこまで田舎ではなかったけれど、学年で母子家庭の子は私のほかにもう1人しかいませんでした。誰もが学年で母子家庭の子は2人と認識しているくらいは目立つ存在だったんです」

母親には頼れないけど、頼ってはもらいたい。お金を出すことが親孝行だと思っていた。

~その2~に続きます】

取材・文/ふじのあやこ
情報誌・スポーツ誌の出版社2社を経て、フリーのライター・編集者・ウェブデザイナーとなる。趣味はスポーツ観戦で、野球、アイスホッケー観戦などで全国を行脚している。

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