2番目の兄、私が離脱し、家に残ったのは上の兄だけだった
2番目の兄が高校卒業後に家を勝手に出た影響からか、女性蔑視の考えがある父親から就職するように言われると真琴さんは覚悟していたが、短大進学を許可される。家を出たかった真琴さんは隣県である兵庫県の学校を希望するも、父親は大反対。しかし、指定校推薦を得られることなどで説得することに成功したという。
「父が進学を許可した理由は、2番目の兄のように高校卒業後に就職して疎遠になるのが嫌だったのかなって思っています。進学は許可してくれても、一人暮らしは反対されて、兵庫の短大には新幹線で通学させられました。隣県といっても、私の家は田舎なので在来線で行くと片道3時間ぐらいかかってしまうので、一人暮らしをさせてもらえると思っていたのに、思惑が外れました。
通学は朝も早いし、終電も早くて、友だちと夜遅くまで遊ぶなどはできなかったけれど、それでも都会は刺激がありました。私はどうしても関西で就職したくて、就職活動を必死で頑張って、卒業後に念願の一人暮らしをすることができたんです」
就職するときの一人暮らしは父親から反対されることはなかったという。その理由は、上の兄が結婚することになり、実家にて兄夫婦との同居が決定していたから。父親の関心は、父親の望み通りの道を歩む兄だけに集中した。
「就職してからは母親とは電話などで連絡を取り合っていましたが、父親とはまったく。父親がこう言っていると母親から聞かされるのみでした。
最初の頃は大型連休には帰省していたんですが、それも3年目ぐらいまで。父親の前では言いなりだった母親の、姑の姿を見るのが嫌だったからです」
偉そうに動かない父と兄、そして嫁を否定する母。そんな姿を見ていた真琴さんが選んだのは周囲からも優しいと評判の男性だったが。
【~その2~に続きます】
取材・文/ふじのあやこ
情報誌・スポーツ誌の出版社2社を経て、フリーのライター・編集者・ウェブデザイナーとなる。趣味はスポーツ観戦で、野球、アイスホッケー観戦などで全国を行脚している。