「呪いは息子の代で終わり」

コロナ禍から4年の歳月が経過した。当時、息子は35歳で、美緒子さんは嫁選びに奔走していた。息子は顔も悪くないし、お金はある。しかし、絶望的にモテなかった。

「私の存在もあると思いますよ。だから、人柄よりも先に財産を見る家の子を選んでもダメ。書類選考の段階で断られるんです。息子にそのことを話すと“自力で探す”と仕事関係の人たちと遊びに行くようになったんです」

そんな中、イベント運営会社の社長に誘われて行ったキャバクラで、息子は絢爛豪華な世界を知る。10代後半~20代前半の芸能人のような容姿の女性からちやほやされる。息子はその快楽に理性が吹っ飛んでしまったという。

「毎晩のように通い、あるキャバ嬢に入れあげる。その女は20歳で自力で大学に行くために、夜の仕事をしていると語っていたそうです。顔もかわいく、会話もできる。やがて、出勤前に食事をするようになったそうです」

その女性は「親が病気で、中学生の弟がいる」という、どこかで聞いたような苦労話を持ち出して、息子から数万円のお金をせしめていた。

「店でもVIP席とかに座らされて、シャンパンを抜いて……息子を歌舞伎町に引き込んだ社長から、“申し訳ない”と報告を受けてびっくり仰天。息子は一晩で40万を使ったこともあるそうで、血の気が引きました」

そしてコロナ禍に入る。日常生活は止まり、2年近く自粛生活を強いられ、美緒子さんの会社のイベント事業は完全に停止する。

「社員も頑張って営業しても意味がないので、従来の物流関連の事業開拓に舵を切ったんです。それでももうウチみたいな中小には逆風が吹いている。事業は厳しく社員も辞めて行った。ずっと忠誠を尽くしてくれた役員が辞めるときに、“社長、若(息子)がキャバ嬢に『義援金だよ』って20万円を渡していると聞きました”と耳打ちしてくれた。それを聞いて、社員が辞めるのも納得。社員が頑張っているのに、女性と遊んでいる二代目のところで誰が働くかって」

美緒子さんは事業を手じまいする決意を徐々に固めていった。「自分のお金を使い果たせば、熱も冷めるだろう」と思っていた。息子は会社のお金には手を付けないと、信じていたのだ。

「それが親の欲目。事業資金にも手をつけていた。できない人ほど、お金の流れには目ざとい。叱ったところで、叱り慣れたやつには、何を言っても馬の耳に念仏。もう、泳がせようと。虎の子のマンションがあるから、どうにでもなると腹をくくったんです」

コロナから日常を取り戻していった2年前、息子は痛い目を見た。調子に乗って遊び、近くにいた客を侮辱。その集団から暴行を受け、救急搬送された。

「集中治療室に入っており、顔が倍くらいに腫れあがっていた。医師から、左目を失明する可能性があると言われましたが、なんとか治りました。でもいろんな部分に後遺症が残りました」

これではもう、結婚も難しい。息子は消費者金融などにも借金をしており、会社を畳むと同時に全ての精算をした。

「初代、ひいばあちゃん、私の祖母、母と受け継がれてきた会社を、私が畳むのはご先祖様に申し訳なく、30年ぶりくらいに菩提寺に行ったんです。するとそこは、草ぼうぼうで荒れていた。お布施を経理が振り込んでくれていたのに、顧客サービスがなっていないと寺にクレームをつけたら、“お墓のお手入れは、ご家族様が行うものですよ”って。初代が築き上げた財産と利権がすっからかんになった。やっと“初代が泣かせた人々の呪い”が終わった。息子は結婚しないでしょうから、呪いは息子の代で終わり」

いま、美緒子さんと息子は、所有しているマンションの家賃収入24万円に、美緒子さんの年金で生活している。

「事業を整理し、家を売った残金が1000万円くらいあります。私が死ぬまでは何とかなるでしょうけれど、息子はどうなるか。救いは、息子にマンションを残せたこと。家賃収入がありますし、悪い遊びもしなくなったので、息子一人ならなんとかなるかと。息子は結婚もせず、子供もいないのが、今ではよかったと思っています」

2023年12月22日、政府は初の「こども大綱」を発表。これは、4月施行の「こども基本法」に基づいており、今後の子ども政策の方向性を定めるものだという。その重点項目に貧困と格差の対策があるが、家庭環境や金融教育など「貧困と格差」にはあらゆる問題が内包されている。

それぞれの家族に起こっている問題を、どのように解釈し、解決していくのか……その能力も今後問われるのではないだろうか。

取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』 『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)がある。連載に、 教育雑誌『みんなの教育技術』(小学館)、Webサイト『現代ビジネス』(講談社)、『Domani.jp』(小学館)などがある。『女性セブン』(小学館)などに寄稿している。

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