長生きリスクは確実にある
かつての現役時代の仲間たちは、ほとんどがなくなっているという。
「ダルマ(ウィスキー)を一気飲みしたり、朝までどんちゃん騒ぎをしたり、めちゃくちゃだったから、みんな短命だよ。死ぬ奴は50代のうちにぽっくりいっている。女房が死んだ後は、私も早く死んだ方が幸せだったと思うことも多いけれど、こうして“ただ生きている”という状況も悪くないと思っている。なぜなら、日々が修行だから。“死なないで生きる”ってことに集中する日々だから。仕事もしていないし、何もしていない。ただ生きているだけだから」
そんなことを言いつつ、康夫さんは神社の清掃ボランティアに参加するなど、地元への貢献をしている。
「少し前まで、放課後のパトロールのボランティアもやっていたんだけど、男だからってクビになっちゃった。今、性加害とかなんだとかの問題があり、老人の男が子供に接しているだけで“気持ち悪い”って思われるみたい」
そういうことも含めて、長生きリスクはあると康夫さんは断言する。
「今79歳でしょ。それで貯金の残高は300万円しかない。今からできる仕事もないわけだから、これは取っておくしかない。でも、私が90歳まで生きたと思うとぞっとする。生活保護の申請をしてしまったら、娘や孫に迷惑をかけてしまう。病気だって心配だよね。だからもしものときのために、『わたしの思い手帳』(東京都保健医療局)を書いている。自分はどう生きたいか、だけでなく、病気が見つかったらどうしてほしいかを考えるきっかけにもなり、意思表示ができる。もし、うっかり延命治療をされて、生きてしまうのが本当に怖いんだ」
これからの人生をどう生きるかを考えるのも、体力があるうちだからという。
「死にそうになったら“助けてほしい”って思うのよ。周りの人も“この人は生きたいんだ”って応援しちゃう。でも私はそれが嫌なんだよね」
今の願いは、要介護にならないこと。そのために血圧の管理はしているという。
「こっちに引っ越してから、粗食になったから体調がいい。でも長生きしちゃ困るんだけどさ。まあ介護になったらなったで、“この人なら介護してあげてもいいかな”と思う爺さんになることだよね」
康夫さんの話を聞いていると、2019年6月に問題になった「老後2000万円問題」を思い出した。これは当時の金融庁が、老後の備えに2000万円必要と試算した報告書をまとめ、「年金だけでは暮らせないのか」と国民の強い反発を受ける。当時の金融相・麻生太郎大臣が報告書を受け取らないという事態にもなり、老後不安は拡大した。
康夫さんのように、年金だけで“暮らそうと思えば、暮らせる”のかもしれない。しかし、病気や介護問題で、どこに落とし穴があるか誰にもわからない。老後資金がない高齢者増えてしまえば、下の世代への負担も増す。そういうことも考えながら、私たちは生きて行かねばならないのだ。
取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』 『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)がある。連載に、 教育雑誌『みんなの教育技術』(小学館)、Webサイト『現代ビジネス』(講談社)、『Domani.jp』(小学館)などがある。『女性セブン』(小学館)などに寄稿している。