近頃、ニュースなどで、様々な「ハラスメント」について、耳にする機会が増えたのではないでしょうか。最近では、厚生労働省が労災の認定基準を改定し、顧客や取引先からのハラスメントである「カスタマーハラスメント」について言及したことが、話題になっています。
「お客様は神様」という精神は、質の高いサービスを支えていると言えるかもしれません。しかしながら、これをはき違えたお客様からの暴言や、行き過ぎたクレームは、もはや「ハラスメント」と呼ばれる時代です。
この記事では、社会保険労務士の塚原美彩が「カスタマーハラスメント」の定義や、事例、カスタマーハラスメントと労災認定基準の改正について解説します。被害者にも加害者にもなり得るテーマですので、ぜひ参考になさってください。
目次
カスタマーハラスメントとは
「身元を調べるぞ!」カスタマーハラスメントの事例
労災になる可能性も
「カスタマーハラスメント」をはき違える店員も
最後に
カスタマーハラスメントとは
カスタマーハラスメントとは、お客様からの悪質なクレームや迷惑行為のことです。「お客様からのパワハラ」と言い換えると分かりやすいかもしれません。
カスタマーハラスメントは、正当なクレームとの線引きが難しいと感じる方も、いらっしゃるのではないでしょうか。この線引きのヒントとして、厚生労働省は、以下のようなものが、カスタマーハラスメントであるという見解を示しています。
「要求の妥当性に照らして、その要求を実現するための手段や態様が、社会通念上不相応であり、労働者の就業環境が害されるもの」
参考:厚生労働省 カスタマーハラスメント対策企業マニュアル
さて、この「妥当性」や、「社会通念」とは、どのようなものなのでしょうか。ここからは、厚生労働省のカスタマーハラスメントの捉え方を、さらに深堀して解説いたします。
妥当性が認められない場合とは
例えば、商品に落ち度が無いにもかかわらず、「不良品だ」などと言いがかりをつけるような場合、「妥当性がない」と言えるでしょう。また、商品やサービスと全く関係ないことを要求する場合も、「妥当性を欠いている」と判断されます。
社会通念上不相当となる場合とは
「社会通念上不相当となる」とは、「社会で通用している一般常識で考えた場合、ふさわしくない」と思われるような場合です。中には、「一般常識という、あいまいなものを判断基準にするのか」と驚かれる方も、いらっしゃるかもしれません。ですが、「社会通念」というのは、裁判等で判断の一つの基準になっている概念です。
例えば、暴力、脅迫、監禁、性的な言動などは、「社会通念上不相当」と考えられるのは、言うまでもありません。また、厚生労働省は、侮辱や暴言、居座り行為、しつこい言動、差別的な言動なども、社会通念上相当とは認められないものとして例示しています。
ですから、いくらサービスの内容に納得ができないからと言って、店員に対して人格を否定するような言動をした場合は、カスタマーハラスメントになる可能性が高くなります。また、暴言などを受けた職員側が、お客様を訴えることもあり得るでしょう。
「身元を調べるぞ!」カスタマーハラスメントの事例
ここからは、実際に筆者が遭遇したカスタマーハラスメントの事例をご紹介します。とある公的機関での出来事でした。窓口の前で、わめき散らす推定60代の男性。「お前らは税金で楽な暮らしをしている! 給料全額返金しろ!」などと大声で叫んでいます。
対応していた若い女性職員に対して、「お前の身元を調べてやるからな」や、「狭い街だからな。必ず見つけてやるよ」などと脅迫めいた言葉まで並べていました。そのまま窓口の前にあぐらで座り込み、全く動こうとしません。それどころか、窓口の椅子を蹴り倒すなど、行動はどんどん過激に。
「危険ですからこちらへ」と職員に誘導され、その場にいた利用客たちは、離れた場所へ退避しました。その後、職員が警察に通報。男性は、かけつけた警察官二人に連行されていきました。
もしかすると、どこかで似たような光景を見たことがあるかもしれません。というのも、令和2年度「職場のハラスメントに関する実態調査」によれば、「お客様からの迷惑行為」を経験したことがあるという回答は、15%に上りました。特に、最も多いカスタマーハラスメントが、「長時間同じ内容を繰り返して、職員を時間的に拘束する」というもので、まさに筆者の見た事例にもあてはまります。
労災になる可能性も
前述の男性は、女性職員に脅迫めいた言葉を投げかけていました。これを受けた職員のストレスは相当なものでしょう。このようなカスタマーハラスメントにより、精神バランスを崩す人は後を絶ちません。
このような状況を踏まえて、厚生労働省は、労災の認定基準を見直し、令和5年9月1日には、「心理的負荷による精神障害の労災認定基準」を改正しました。この認定基準のうち、心理的な負荷がかかる具体的出来事の中に、カスタマーハラスメントも追加されました。
参考:厚生労働省ホームページ
ここで注目したいのは、お客様だけでなく、取引先からの言動も、カスタマーハラスメントとして言及されている点です。いわゆる「下請けいじめ」のようなものも、今後は争点になってくる可能性があります。
パワーハラスメントやセクシャルハラスメントと同様、これまでは「よくあることだから」と、見過ごされていた言動が、もはや許されない時代になってくるのでしょう。
「カスタマーハラスメント」をはき違える店員も
ここまでは、カスタマーハラスメントの概要や事例、労災との関係を見ていきました。しかしながら、カスタマーハラスメントが注目されるにつれ、それを逆手に取る人や、はき違える人も出てきているようです。
筆者の知人が先日、こんな経験をしたそうです。それは、ある携帯電話ショップでの出来事でした。知人は、スマートフォンの買い替えを検討していたのですが、プランの内容がよく分からず、店員さんと相談してから決めようと思っていたとのことでした。
そこで対応してくれた男性スタッフが、終始不機嫌そうで、何か質問をするたびに、ため息まで漏らすので、知人は、「すみません、その態度は少し不愉快なのですが……」と伝えたそうです。すると、そのスタッフから返ってきたのは、なんと、「言いがかりですか? 警察呼びますよ」という言葉でした。
知人は、「なぜ急に警察?」と唖然としてしまったと言います。幸い、その様子を見ていた別のスタッフが間に入り、代わりに対応してくれることで、事なきを得ましたが、「怖くてもうあの店には行けない」と知人は語っていました。
「〇〇ハラスメント」と、名前をつけて注目するのは、社会問題の解決の助けになる一方、過剰に騒ぎ立てる原因になってしまうこともあるのでしょう。
最後に
この記事では、カスタマーハラスメントの概要や、厚生労働省の労災認定基準と、カスタマーハラスメントの関係などを解説しました。いつ巻き込まれてもおかしくない問題ですので、ぜひ参考にしてみてください。
●執筆/塚原社会保険労務士事務所代表 塚原美彩(つかはら・みさ)
社会保険労務士。
行政機関にて健康保険や厚生年金、労働基準法に関する業務を経験。2016年社会保険労務士資格を取得後、企業の人事労務コンサル、ポジティブ心理学をベースとした研修講師として活動中。趣味は日本酒酒蔵巡り。
ホームページ:https://tsukaharamisa.com
●構成/京都メディアライン・https://kyotomedialine.com