妻が買ったバターや缶詰が使えない

義雄さんの話を聞く限り、家事の能力はあまりないようだ。

「食事は1日1食。けっこう広いリビングでコンビニ飯を食べていると、空しくなるよね。妻は離婚の前に、バターや僕の好きな缶詰、カップラーメンなどを買いおきしてくれたんだけれど、そういうものが食べられない。だってこれを使ってしまったら、何かが終わってしまう気がするから」

その後の妻の生活について、たくさんの噂話が入ってきた。

「若い男に入れあげて、金だけとられてこっちに帰ってくると思ったら、そうではないみたいだ。2人で楽しそうにやっているみたいで、”別人のように若返って、明るくなった”とか言われている」

妻は同じ街に、まだ住んでいる。

「ウチから500メートルくらいのところのマンションだって。男と顔見知りになり、仲が深まったのは、相手が譲るからなんだと。その男も保護犬でもらったコーギーを飼っていて、どうもうちの小型犬が出会うとびっくりして吼えるんだそう。それに気づいた男は、妻と犬の姿を認めると、わざと信号を渡らずに立ち止まって先に行かせる。つまり、相手とその連れている犬に配慮する性格ってことだよね。男でそんなの気にすることは、あまりないじゃない。そういう優しさや配慮に、妻はクラっときたそうだ」

シニア世代が相手との距離を縮めるステップは、最初は会釈程度、そして、ソーシャルディスタンスを確保した立ち話、自販機で缶コーヒーを買っておしゃべり、犬連れで行けるカフェ、そして相手の家。それが1か月か、半年かは個人差はあるが、“この人だ”と思う人と、恋愛関係になったという話はよく聞く。

「まさにそれ。コロナでヒマになり、時間の余裕ができるからそうなるんだよ」

義雄さん自身に異性の気配はないのだろうか。

「欲しいけれど、ない。新しい出会いを求めるほど金も元気もないし、他の女性に興味がない。妻しか知らないから、妻でいい。といっても、もうそれはないんだけれどね。夜とかテレビをつけていると、酒を飲みすぎておかしな夢を見ることがあるよ。妻が帰ってきて、ご飯が炊けたときの“ピーピー”って炊飯器の音がするんだ。でも、リビングには僕しかいなくて、真っ暗な中、目が覚める。子供たちも一切連絡しないし、たまに自分が孤独死するんじゃないかって怖くなることがあるよ」

取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』『不倫女子のリアル』(小学館新書)がある。

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