彼女の名字の表札がかかる真新しい家
夜8時に卒業アルバムの画像が送られてきた。彼女の写真のみならず当時の住所まであった。
「あ、この人か、と思い出した。住所も僕がよく知っているエリアで、検索するとどこだかわかった。翌朝、訪ねていくと、新しい一戸建てがあり、まだその家には彼女の名字の表札がかけられていた。もちろん、人が住んでいる。さすがに呼び鈴を押して“彼女はいますか”なんて言えないので、しばらく家を眺めて、ホテルに帰った」
翌日も、家を見に行き、何もなければ帰ろうと思った。
「再び見に行ったんだけど、呼び鈴を押す勇気がなかった。無性にタバコが吸いたくなり、コンビニに行って20年ぶりくらいにタバコを買った。私のクルマはシガーライターを標準装備していないから、ライターを買った。少しずつ、時代は大きく変わったと思った」
結局、隆英さんは呼び鈴を押した。彼女の弟一家が住んでおり、「同級生の弟でお世話になったものです」というと、彼女は近くに住んでいるという。
「弟さんは、わざわざ来てくださったんだから呼びますよ、とLINEする。15分もしないうちに、丸々とした体形の、若々しいオバサンが来て、“あら~懐かしい”とあっけらかんと迎えに来た。しきりに兄のことを聞かれて、元気で結婚しているというと、嬉しそうに笑った」
彼女も結婚して、娘が2人いた。地元にはファミレスもファストフードもない。喫茶店は顔見知りだらけで、会話は筒抜けになってしまう。
「仕方がないから、ビジネスホテルの私の狭い部屋で話すことに。話題はコロナが中心。声が大きくて、知的で地味な女性という印象が覆された。彼女も僕とのことを“なかったこと”にしたいらしく、一切触れてこなかった。会話をしているうちに、彼女は兄のことが好きだったとわかった。当時、兄には彼女がいたので、僕は代用品だったってこと。それなのに“抱いてやった”みたいな態度を取っていたからね。なんだかもう、どうしょうもないよね(笑)。お互いちゃらだとわかって、私も向こうもホッとしたのは伝わってきた。年をとると、いろんなことがわかるようになる。この一件で、青春の一ページは振り返ってはいけないんだ、と痛感した。男はロマンティックだから……バカだよね。それから気持ちが前を向き、再び独身生活が楽しくなった。そろそろ彼女でも作ろうかな、なんて思っているよ」
隆英さんは、彼女とLINEを交換したものの、一度もやり取りをしていないという。
取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』『不倫女子のリアル』(小学館新書)がある。