下僕のように私は奉仕しているだけ

医師の夫は家に帰ってこない、二人の子供は、それぞれ結婚して独立している。千香子さんは「医療従事者の家族だから感染拡大防止に努める」という責務からは解放されていた。

「そのことに気付き、夏美さんとの外食や旅行を再開しました。半年くらいのブランクを空けて気付いたことは、“私は夏美さんを喜ばせる召使い”だということ。彼女が好きそうなレストランや旅先の予約をし、スパやサウナを調べてそこに行くんです。それは楽しいけれど、私個人が行きたいところではない」

夏美さんは外資系ホテルのようなラグジュアリーさを好み、千香子さんは日本旅館のような文化を求めていた。

「先日、九州に行こうという話になり、1泊目にずっと泊まりたかった老舗旅館を予約したんです。私が運転して現地に行くと、夏美さんは“え~。こんな地味で古いところなの!? まあ我慢するけどさ”と言ったんです」

その翌日の朝食時、夏美さんは「コロナの間、あなたがやってくれないから旅を我慢していたのに、この宿はないよ~」と文句を言ってきた。

「それに絶句してしまって……。確かに、そこは夏美さんの好みではない。でも、20年間も私がプランを立てて、私が彼女に合わせてきたのだから、一緒に楽しんでくれてもいいじゃないですか。私たちの旅行は常にワリカンなのですが、支払いのときも不満な顔をしているので、“ここは私が出すよ。変な宿を予約して、ごめんね”と言ってしまったんです」

千香子さんは、自分さえ飲み込んでしまえば、丸く収まるという考えをもっている。飲み込んだことを溜め続けるとガスが発生する。夏美さんに飲み込まされた不満を抜く人として、無意識に娘を選んだ。娘は夏美さん母娘のことをよく知っている。

「旅行から帰ってきて、娘に電話をしたんですね。すると、“ママは忙しいときに電話をしてきて、くだらないことを私に言う。夏美さんとの付き合いを止めろって、何度も言っているでしょ。もう電話をしてこないで”と怒られたんです」

不満があれば、わかってくれる人が必要になる。夫の愛人の存在を飲み込み続けている千香子さんは、同じ境遇の夏美さんをガス抜きの相手にしていた。

「そんな不満があっても、夏美さんを誘ってしまう」と千香子さんは言う。

友情と思っていたものは、ギブ&テイクの関係であり、お互いに消費をしているだけで手元に何も残っていない。千香子さんは夏美さんとの時間を優先するあまり、孫の育児サポートもろくにしておらず、誰からも必要とされていないことを感じている。

これからの人生に大切なのは、周りの人に流されず「自分が何をしたいか」を考えて具体的に行動することだろう。家族との関係回復や、新たに仕事を始めるなど、今からでもできることはたくさんある。人生100年時代に大切なのは、自分で決断し行動することなのかもしれない。

取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』 『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)がある。連載に、 教育雑誌『みんなの教育技術』(小学館)、Webサイト『現代ビジネス』(講談社)、『Domani.jp』(小学館)などがある。『女性セブン』(小学館)、『週刊朝日』(朝日新聞出版)などに寄稿している。

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