圧倒的な魅力の前に、一般人は抵抗できない
夫と登紀子さんの様子がおかしいと気づいたのは、家に来てもらうようになってから2週間目のことだった。
「夫が優しいんです。前までは診断書をもらって、臥せっているのに、“サボり病じゃないのか?”などとイヤミをいったり、わざとモノを蹴散らすようにして歩いていたんです。それなのに、登紀子さんのターゲットになってから、やけに優しくなりました」
優しいといっても、特に何かをするわけではない。“由紀さんの存在を認めている”という雰囲気が伝わるだけだ。
「登紀子さんはいつもと変わらず、朗らかに来て、2時間ほどで帰っていく。あるとき、何かの用事があって、1階に下りて行ったんです。すると、帰ったはずの登紀子さんの靴が玄関にある。不思議に思っていると、夫の書斎から登紀子さんの声がする。聞いたこともない甘い声で、夫は楽しそうに笑っている。会話の内容は仕事についてでした」
有名な実業家一族の末裔と事実婚している登紀子さん。パートナーが結婚をしていて、相手の妻が離婚に応じないことからそうしていると聞いたことがある。
「経済や政治の知識もあり、人脈も豊富。夫も夢中になりますよね。たぶん、夫と登紀子さんは男女の関係になっています。しかも私の家で」
話を聞いていると、登紀子さんは、承認欲求を満たすために、男性を利用しているだけのように感じる。恋愛経験を繰り返しているから、その能力は高い。いわば恋愛のアスリートなのだ。
「そうなんです。だから、一般人の私たち夫妻なんかには歯が立たない。その日は見て見ぬふりをして、私は部屋に戻った。それから、夫と離婚したらどうするか、子供も頼れないし、家を借りるにはどうしようかなどを考えていました」
離婚を具体的に考えると、自由になったような気がして、心がワクワクすることを感じていたという。
「皮肉な話、それが原因でうつ状態が少しずつ良くなっていったんです(笑)。通常の不倫なら、“どろぼう猫にのしつけてあげる”と言うところですが、登紀子さんにとっての夫は、いたぶってもてあそんでいるネズミのようなもの。遊び飽きたおもちゃなんていらないですよね。断られたら惨めになるだけなので、それは言いませんでした」
夫は超有名な国立大学を卒業し、大手企業に勤務しており、役員にこそ手が届かなかったが、“位人臣を極めた”とも言っていい地位を築いている。毛髪も豊かで背も高く、美しい顔立ちと筋肉質な体つきをしている。
「それでも登紀子さんにとっては、一般人ですよ。そうこうするうちに、元パート先の社員さんから、別の仕事に誘われて、徐々に元気になっていったんです」
離婚を念頭に置いて、パートをしている。配偶者控除を気にせず、フルタイムで働くようになると、みるみる元気になって行った。
「登紀子さんのおかげで元気になったとは言えますが、“裏切られた”という思いのほうが強い。40年以上の関係にひびが入ったような気持ちがあります」
由紀さんは「まさか夫に男性としての機能があるとは」と何度も繰り返していた。そして同時に「離婚について考えると、楽しくなってくる」と言う。
思わぬ出来事がきっかけで、わずかにつながっていた夫婦の気持ちが離れていく。お互いにひとりになったときに、何を思うのか。それは誰にもわからない。
取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』 『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)がある。連載に、 教育雑誌『みんなの教育技術』(小学館)、Webサイト『現代ビジネス』(講談社)、『Domani.jp』(小学館)などがある。『女性セブン』(小学館)、『週刊朝日』(朝日新聞出版)などに寄稿している。