生きていると、家族、夫婦、友人、仕事、勉強、健康面など、さまざまな問題が生じます。自分の努力次第でどうにかできることもあれば、そうではないことも。そんな中、ストレスを溜めすぎず、がんばりすぎず過ごしていくにはどうしたらよいのでしょうか? キャリア70年以上の精神科医・中村恒子先生の著書『心に折り合いをつけて うまいことやる習慣』から、恒子先生流の「人生をうまいことやる」コツをご紹介します。
文/中村恒子・奥田弘美
話を聞いてもらえるだけで、人はちょっとラクになる
88歳を過ぎてから、週6日働いていたのをクリニックの外来を2日やめて週4日に減らしました。こんな歳になっても、まだ働いててもええんやろか? と思うけれども、なかなかやめるのは難しいもんです。「もうそろそろやめさしてや」と理事長に頼んでいたんやけど、「もうちょっと、もうちょっと」と引き延ばされて、今に至ります(笑)。
でも、長いこと働いてるとおもしろいこともあるもんです。たとえば、もう20年以上ずっと通ってくれている患者さんもたくさんいます。そういう患者さんたちとは、もはや医者と患者というのではなく、人生をともに歩んできた同志みたいな感じになってきています。
「月1回、先生の顔を見に来るのが習慣になっているんや」とか、「誰にも言えないグチを先生と言い合うのを楽しみにしてる」とか言うてくれるので、なかなかやめられへんわけです(笑)。といっても私は、特別な治療技術もカウンセリング技術も持っているわけではありません。ただただ、みんなの話を聞いてるだけ。
「あんたも大変やなあ、私もこんな感じで大変やったで」と、夫のことを大いにネタにして盛り上がったり、「まあここで思いっきりグチを言っていけばええ」と、心にたまったものを吐きださせてあげたり、「どうしたらもうちょっとラクになるか、一緒に考えよか」と考える相手になってみたり。私が診察室でやってきたのは、せいぜいそんなことぐらいです。
たったそれだけのことなんやけど、なかなか自分の苦しみや悩みを安心して出せる場所がないんやろうな。それぞれ日常で抱えこんでいることを、おもしろおかしく話す。それだけで心が救われることがあるもんなんです。
私は、人の心に寄り添うっていうのは、相手と同じところまで降りて話を聞いてあげるっていうことやと思うんです。アドバイスしたり、目の覚めるような妙案を与えることができなくても、自分と同じところまで降りてきてくれて、話を聞いてもらえるだけで、人はちょっとラクになるんですわ。
相手と同じところまで降りるといっても、変に同情する必要はありません。「へぇ〜そうなんか」「大変なんやねぇ」と、一生懸命聞くだけでええ。気持ちを入れすぎると大変やから、「みんな大変やなあ」くらいのいい距離感がいちばんやと思います。
ハッキリ言えば、心の悩みは薬で100%消せるわけでもないし、他人のアドバイスで解決するわけではありません。自分で少しずつ少しずつ、もがきながら長い間かけて答えを見つけていくしかないんです。
でもそれには、なかなか一人だけでは難しいときがあります。もし、まわりに悩んでいたり落ち込んでいたりする人がいたら、「うんうん」って話を聞いてみてあげてください。グチを一緒になって楽しく言い合うのもええやろうね。「私も大変やけど、あんたも大変やなあ」と、その一言だけで助かる人は多いんやないかと思います。
ちなみに、話を聞いてあげたら絶対に秘密は守ること。その人を裏切らないこと。これは人としての仁義やね。安心してグチを言い合えたり弱みを見せ合えたりする関係が大事なんですわ。 自分の弱いところを安心してさらけ出せるような人間関係があれば、人はなんやかんや元気でやっていけます。
* * *
『心に折り合いをつけて うまいことやる習慣』 中村恒子・奥田弘美 著
すばる舎
中村恒子(なかむら・つねこ)
1929年生まれ。精神科医。1945年2月、終戦の2か月前に医師になるために広島県尾道市から1人で大阪へ。混乱の時代に精神科医となる。2人の子どもの子育てと並行しながら勤務医として働き、2017年7月(88歳)まで週6フルタイムで外来・病棟診察を続けていた。その後、2017年8月から週4のフルタイム勤務となる。「いつお迎えが来ても悔いなし」の心境にて生涯現役医師を続けている。
奥田弘美(おくだ・ひろみ)
1967年生まれ。精神科医・産業医(労働衛生コンサルタント)。日本マインドフルネス普及協会代表理事。内科医を経て、2000年に中村恒子に出会ったことをきっかけに精神科医に転科。現在は、精神科診療のほか都内20か所の企業の産業医として、ビジネスパーソンの心身のケアに従事。著書に『何をやっても痩せないのは脳の使い方を街がてていたから』(扶桑社)、『1分間どこでもマインドフルネス』(日本能率協会マインドフルセンター)、『心の毒がスーッと消える本』(講談社)など多数。