海外の大学を出て、地方公務員をしていると噓をつく

引きこもりの子供を抱えている人は、時間の流れが速いのではないかと言う。

「明日こそ何とかしよう、明日は何とかなるなどと考えているから、1日が短いんです。区切りがあるんですよね。心配事があると時間の流れが早いというか」

「息子をいないものとしていた。夫は定年してから、友達の息子さんの会社の顧問をしたり、いろんなアドバイザーをして、あまり家にいないようにしていた。私も夫源病(定年後の夫が家にいることによる体調不良)にならず、このように健康に生きている。私も65歳から週2でアルバイトを始めて、息子のことがなければ、幸せだと思うこともありました。アルバイトは総菜の仕込みで、外国の人が多いんです。だから息子のことも聞かれない。息子には“あなたも働きなよ”と言っていたんですけれど、ダメでしたね」

それから、13年、息子は相変わらず引きこもったまま。

「ネットで何かやっているんだとは思うんです。主人が死んでもなんとも思っていないみたいでした。コロナで葬式も出せなかったから、ホッとしましたよ。息子を人前に出さなくちゃいけないですから」

里枝さん夫妻は、息子は地方で仕事をしていると周囲の人々に言っていた。

「引きこもりとは、恥ずかしくて絶対に言えませんよ。息子のことを聞かれると、海外の大学に留学して、海外を放浪して、今は地方都市で公務員をしている……。現実の息子とは真逆ですね。でもそういう息子の人生もあったんじゃないかと思います。引っ越してからはほとんど聞かれることもないので、それがよかったですよね」

今の街にも、引きこもりの子がいる家庭がなんとなくわかることがある。

「近所の顔見知りの方で、70代後半のご夫婦2人で暮らしているのを知っている。スーパーでお見掛けすると、買い物かごの中に、やたらとパンやお菓子、プロセスチーズやサラミなどが入っている。私も夜中にキッチンをあさって、自分の部屋に食べ物を持って行く息子用に、これらのモノを買いおいているので、“この人も引きこもりの子がいるのかな”って」

夫は里枝さんが一生食べるのに困らないだけのお金を残した。

「主人に仕えるのは大変でしたけれど(笑)。住むところがあり、貯金も4000万円あり、年金も月20万円近く入る。アルバイト代も月に3万円ほど入る。孫もいないので、学費の心配もない。でも、この年金、私が死んだらなくなってしまうんですよね。息子が路頭に迷わないようにはしたいのですが、これからが心配です。だから少しでも多く残してあげたいんです」

取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』 『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)がある。連載に、 教育雑誌『みんなの教育技術』(小学館)、Webサイト『現代ビジネス』(講談社)、『Domani.jp』(小学館)などがある。『女性セブン』(小学館)、『週刊朝日』(朝日新聞出版)などに寄稿している。

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