カウンセラーに相談、母と娘が離れても解決しない
直子さんは、悩み抜いて、10年前にカウンセラーの門を叩いた。
「最初に行った心療内科は、薬を処方されただけ。でも、その医院で見た張り紙に“母と娘の関係”をテーマにしたイベントの張り紙があり、それに参加したのです。そして、私のように娘との関係に悩む人と出会った。今でもやり取りをしています。そこでわかったのは、私がしていたのは虐待の一種であり、改善はできても、解決はできないこと」
カウンセラーに教えてもらったことは、娘の世界に巻き込まれないように、自分の楽しみや時間を持つことなど。
「娘はそんな私に“見放された”と思って、さらに暴れる。すると、私もまた抱きしめてしまいたくなる。友達は“暴力亭主とその妻みたいなもの”と言いますが、まさにその通りだと思います。仲間ができたら気持ちも楽になったところで、娘が結婚した。相手は医療関係と言っていたので、医師ではなくとも、少なくとも臨床検査技師とか、医療機器メーカーに勤務する人だと思っていました。“娘も私と同じように、男を見る目はあった”と安心していたら、違ったんです」
結婚相手は、医療関係だった。しかし、病院で働いているのではなく、病院から採取した血液や細胞膜を、研究所に運ぶ仕事だった。結婚生活は5年続いたが、娘の夫が浮気をし、別の女性を妊娠させてしまい、離婚。33歳の時、娘は実家に帰ってきた。
「それから2年。甘やかしているうちに、娘が女王で、私が下僕という関係になっています。台風の日に娘が希望するヨーグルトを買いに行かされ、コンビニを5軒回り、スーパーマーケットを2つ回ってやっとの思いでその商品を買って帰ったら、“遅いんだよ。もう食べたくない”と怒るんです」
そして、直子さんが言い訳をすると、娘は「子供の頃、ママから友達と遊んじゃだめだと言われて、子供時代を奪われた」とか「ママは、私が特別だっていうけれど、私は普通だった。認知のゆがみを植え付けられたことに、私の不幸の原因がある。食べたいヨーグルトさえ食べられないのはママのせいだ」などと泣きながら言う。
「そう言われると辛くてね。娘のためになんでもしたくなるんです。もうこれはダメだと思ったのは、私の誕生日に娘がシャンパンを買ってきたこと。てっきりお祝いをしてくれるのかと思ったら、“ママが死んだときのお祝い用”って言われたんです。もう悲しくてね。どこでそうなってしまったのか、何が悪かったのか……迷路に入り込むような気持ちです」
そうこうしているうちに、夫は物件を契約。高齢なので審査はなかなか下りなかった。当初、自宅マンションから近い物件を探していたが、15件断られた。夫は諦めず、エリアを拡大し、自宅から6キロ離れた駅から15分歩いたところにあるアパートに決まったという。
「娘のせいで家族はバラバラ。夫の家に行きたいと言うと、夫は来るなと言う。私は何のために生きてきたのか。今は本当に辛いです」
取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』 『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)がある。連載に、 教育雑誌『みんなの教育技術』(小学館)、Webサイト『現代ビジネス』(講談社)、『Domani.jp』(小学館)などがある。『女性セブン』(小学館)、『週刊朝日』(朝日新聞出版)などに寄稿している。