「全員は救命できない」決断が下される現場

この異常事態に気づいた人々が交差点近くの建物から次々と駆け下りてきた。フィットネス施設に勤務するインストラクターや事務スタッフである。

救急車が現場に到着するまでの間、彼らは歩道で倒れている園児たちに対して懸命に声を掛けたり、心臓マッサージをしたり、AED(自動体外式除細動器)で蘇生を試みたりと、必死の救助を続けた。

歩道上には、粉々になったガラスの破片が散乱している。交通規制に入る警察官の笛の音、ダンプカーのクラクション、そして、子どもたちの泣き叫ぶ声が交差点に響き渡っている。

約10分後、何台もの救急車が次々と現場に到着した。

明らかな負傷者が20人以上いるのを確認した救命救急隊員たちが、まっさきに実行したのは「トリアージ(識別救急)」だった。

トリアージとは、一度に多数の負傷者が発生している事故現場で、優先順位を付けて、助けられる可能性がある人に対して集中的に救命救急のリソースを注ぐため、それぞれの負傷者の衣服に
・黒(心肺停止・救命不可能)
・赤(重傷・最優先治療)
・黄(軽傷・治療待機)
・緑(軽傷・治療保留)
……の4段階のタグのうち、どれか1つを素早く選んで取り付ける作業である。

間もなく、2人の園児に「黒」のタグが付けられた。

ほかの負傷者が次々と救急車のストレッチャーに乗せられ、病院へ搬送されていった。

一瞬の油断が、取り返しの付かない事故を巻き起こした

自動車運転処罰法違反(過失運転致死傷罪)の疑いで現行犯逮捕されたのは、軽自動車のドライバーだった60代の女性と、その軽自動車に路上で追突した普通乗用車を運転していた50代の女性である。

軽自動車は、交差点を直進して通過しようとしていたところ、対向車線から右折してきた普通乗用車が、車体右側に追突してきて、進行方向の左へ勢いよく飛ばされ、歩道へ乗り上げた。その先に、散歩中の園児たちがいた。

軽自動車には自動ブレーキ装置が取り付けられていたが、横滑りの状態だったため、自動ブレーキは作動しなかった。

車道と歩道の間に、ガードレールは設定されていなかった。高さ15センチほどの縁石は引かれていたが、軽自動車が飛び込んできたのは横断歩道のある位置で、ちょうど縁石が設置されない切れ目となっていた。つまり、軽自動車のスピードを殺すものは何もなく、時速30~40キロでそのまま、園児たちの列へ飛び込んでいったとみられる。

さまざまな不運が重なり、幼児2人が死亡、保育士を含む14人が重軽傷を負う大惨事となった。

その原因は、ドライバーの一瞬の「脇見」だった。

後編につづきます】

取材・文/長嶺超輝(ながみね・まさき)
フリーランスライター、出版コンサルタント。1975年、長崎生まれ。九州大学法学部卒。大学時代の恩師に勧められて弁護士を目指すも、司法試験に7年連続で不合格を喫し、断念して上京。30万部超のベストセラーとなった『裁判官の爆笑お言葉集』(幻冬舎新書)の刊行をきっかけに、記事連載や原稿の法律監修など、ライターとしての活動を本格的に行うようになる。裁判の傍聴取材は過去に3000件以上。一方で、全国で本を出したいと望む方々を、出版社の編集者と繋げる出版支援活動を精力的に続けている。

『裁判長の沁みる説諭』(長嶺超輝著、河出書房新社)

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