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取材・文/ふじのあやこ

近いようでどこか遠い、娘と家族との距離感。小さい頃から一緒に過ごす中で、娘たちは親に対してどのような感情を持ち、接していたのか。本連載では娘目線で家族の時間を振り返ってもらい、関係性の変化を探っていきます。

「今まで散々迷惑をかけてきたので、今は一緒にいることが恩返しだと思っています。私がいないと両親はいつ離婚してもおかしくない状態になってしまいますから」と語るのは、朱音さん(仮名・39歳)。都内の飲食店で正社員として働いています。朱音さんには離婚歴があり、現在は両親とともに生活をしています。

学生時代、父親よりも母親に反抗することが多かった

朱音さんは神奈川県出身で、両親と3歳上に姉のいる4人家族。父親はサラリーマン、母親は自宅でピアノを教えていたそうで、朱音さん姉妹も母親にピアノを習っていたと言います。

「小さい頃に覚えているのはピアノのことばかりで、母親は他の子には優しい先生で通っていたけど、私たちにはとても厳しかった。母親からの指導は週に1、2回と決まっていたのに、自分たちの個人練習にもいちいち注意をしてきて、それが本当に嫌でした。姉とよく母親の文句を言っていましたね。それに母親は他の生徒よりも私たちの上達が遅いとその子たちと比べて怒ってくるような人で……。姉は中学に入って部活が忙しいという理由でピアノを拒否するようになり、私もまったく運動部になんて入りたくなかったけど、文化部だったら帰宅後に練習させられるかもしれないと、やりたくもないバレー部に入部しましたから。ピアノをやめてしまってからは一切ピアノを弾くことはありませんでした。時々弾きたい気持ちもあったんですが、母親が怒りそうで触れられなかったんですよね」

食卓にはあるルールがあった朱音さんは振り返ります。

「母親は料理が好きで、父親も早めに帰ってきていたのか食卓には4人並んでいることが多かったです。ご飯を食べている時間は我が家ではテレビをつけたらいけなくて、何を話していたのかは覚えていないんですが、それなりに会話もあった気がします。

ルールとは、私の家では両親がケンカ中や、私たちのことで何か気に入らないことがあると母親はご飯を作るのを拒否するんです。その時はよく父親と3人で外食をしていました。父親は厳しくもなく、口うるさいこともなかったので、外食は密かな楽しみでした。母親とケンカしているのが自分だった時はイライラしていて晴れやかな食事ではもちろんないんですが、ターゲットが父や姉だった場合は、何食べようかなってウキウキしていたことを覚えていますね」

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