『職人尽歌合(しょくにんずくしうたあわせ)』より「鍋売」/国立国会図書館蔵

『職人尽歌合(しょくにんずくしうたあわせ)』より「鍋売」/国立国会図書館蔵

鍋売りと鞨鼓(かっこ)売りが登場する『鍋八撥(なべやつばち)』は、中世の市の様子が活写されている狂言だ。

舞台には、まず目代(もくだい=役人)が登場して、この地は繁栄して市が多く立っているが、さらに新市を立てることになった。そこで市の上手に一番先に到着した商人を「市司(いちつかさ)」、つまり新市の代表者に任じ、税金を免除すると述べる。

鞨鼓売りは夜中のうちに到着。一番乗りだと安心して、ひと寝入りしてしまう。続いて到着したのは鍋売り。商品の鍋を鞨鼓売りの前に置いて、自分が先に到着したように見せかけたため、先着争いが始まる。

目代が仲裁に入り、お互いの商品自慢、棒を振っての勝負となる。さらに鞨鼓売りが鞨鼓を打ちながら舞うと、鍋売りも腹に鍋を結びつけて打ち舞い、挙句、鍋を割ってしまい、「数が多くなってめでたい」と終わる。

鍋売りの鍋は金物ではなく陶製で、当時は陶器の鍋の方が一般的だったよう。鍋売りは目代や鞨鼓売りに対して、貴賎(きせん)の者も鍋がなければ調理することができないと鍋の素晴らしさを訴えるが、一方で、登場時には、一の店を獲得して商いに成功したら、賤(いや)しい鍋売りではなく金襴緞子(きんらんどんす)を商いたいとつぶやく。

そんな人間臭い矛盾も狂言の面白さだ。

この狂言は、「脇(わき)狂言」というお目出度(めでた)い狂言に分類されている。新市を開くことは、土地の賑わい、商売繁盛を表すからで、鍋売りと鞨鼓売りの応酬にも、「目出度い」という言葉が繰り返される。

さらに鍋を割るという行為も、目出度いものだった。古来より陶製鍋の「焙烙(ほうろく)」を割って厄除けをする民間信仰があり、『鍋八撥』もこの信仰に基づいているのだ。

京都に伝わる壬生(みぶ)狂言では、今も舞台の欄干(らんかん)に並べた大量の素焼の皿を落とす「焙烙割り」が最大の見せ場になっている。

写真・文/岡田彩佑実
『サライ』で「歌舞伎」、「文楽」、「能・狂言」など伝統芸能を担当。

※本記事は「まいにちサライ」2013年10月9日掲載分を転載したものです。

 

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