文/印南敦史
ここ数年、プロレスの人気が再燃している。たとえば棚橋弘至、オカダ・カズチカ、内藤哲也らスター選手を擁する最大手である新日本プロレスは、2018年に過去最高益を記録しているそうだ。
試合会場には「プ女子」と呼ばれる女性ファンやファミリー層の姿も多く、そもそも1万円前後と決して安くはないチケットは入手困難。年齢や性別を越え、多くの人々からの支持を集めているのである。
そんなブームの影響でさまざまな関連書籍やムックが発行されているが、なかでも異彩を放っているのが、今回ご紹介したい『レスラーめし』(大坪ケムタ著、ワニブックス)だ。
グルメ情報サイト「メシ通」での同名連載をまとめたもの。天龍源一郎、長州力、前田日明などの大御所から、現在のトップレスラーであるオカダ・カズチカまでの著名プロレスラーたちが、食に関する思い出やエピソードを語るユニークな一冊だ。
単行本化に際し、連載に収録しきれなかったエピソードも加えられていることもあり、全413ページとボリューム感も圧倒的。しかし、あっという間に読めてしまうのは、「めし」の向こう側に各レスラーのストーリーが見えるからなのだろう。
たとえば印象的なのが、現在はフリーの立場として新日本プロレスを中心に活躍している鈴木みのる選手だ。彼は「世界一性格の悪い男」の異名を持つが、子ども時代のエピソードはなかなか微笑ましい。
── 鈴木選手にとって、子どもの頃の思い出の味って何ですか?
鈴木 思い出の味……ひとつあるのは、今もプロレス年鑑なんかで好きな食べ物のところに「鶏の唐揚げ マヨネーズ和え」って書いていて。あれ、すごく記憶にあるんですよね。うちは兄弟が多くて、必ずおかずが大皿で出されたんですよ。よく出ていたのが、大皿にキャベツが敷いてあって、その上に山盛りの唐揚げ。それで8歳とかの頃かな? コロコロっと転がった唐揚げにマヨネーズがついたんです。それをパクっと食べたら「うわー、うまい!」って感激して。それから唐揚げはマヨネーズをつけて食べるようになりましたね。「油に油つけんのか」って、ずっと言われてますけど。(本書74〜75ページより引用)
ひと昔前のホームドラマにでも出てきそうな、あるいは誰の記憶のなかにでも残っていそうな話である。
鈴木 もう取り合いですよ、昭和の兄弟ですから(笑)。最後の1個を取ろうもんなら、兄貴から箸でバーン! ってやられて「それはオレんだよ」って言われるような。どっちがごはんを多く食べられるかっていう競争してましたから。(本書76ページより引用)
鈴木は横浜出身ということもあり、少年時代からアメリカに憧れを抱いていたという。アメリカの車、ロカビリー、女の子のヒラヒラしたスカートなど、古き良きアメリカの印象が強かったということだ。
「でも現実は『坊主頭でレスリング』なんですよ(笑)」というあたりがご愛嬌だが、食べ物に関していうと、ファストフード、特にハンバーガーに強く惹かれたのだそうだ。
鈴木 横浜にマクドナルドの最初のお店ができた時は小学生だったんですけど……今あそこってなにが建ってるんですかね? ビブレかな? 1階にあったんですよ 。当時はニチイ(笑)。実家がもともとあの辺だったんで開店初日に並んだけどブワーッっと人が並んでて。それでその日はやめましたね。後日食べられたんだけど、ハンバーガーなんてドムドム(バーガー)でしか食ったことなかったから「ドムドムと違う!」と思ったよね(笑)。「アメリカの味だ!」みたいな。(中略)やっぱりファストフードと呼ばれる類のものは好きでした。(本書79ページより引用)
同じファストフードでも、オカダ・カズチカの場合は牛丼に思い入れがあるようだ。ゲンかつぎとして、タイトルマッチ前には「絶対に」牛丼を食べるというのである。
オカダ:初めてタイトルに挑戦した2012年のときはすごい緊張してたんです。それでもう食欲もなくって、でもなにか食べなきゃだめだなと思って近くに牛丼屋さんがあったからとりあえず牛丼を食べたんですよ。それからは大事な試合があるたびに牛丼を食べるようにしてますね。
──その時がIWGP初戴冠ですね。ちなみにお店は?
オカダ:吉野家です。近くになかったら会場に行く前にタクシーで行ったりしますから。このことは他のインタビューでも話したことがあるんですけど、一度「オカダさん、本当に来るんですね……」って店員さんに言われたことがあります(笑)。毎回大盛りで、紅しょうがや卵もかけないシンプルな牛丼です。
──では試合会場の周りに吉野家があるかどうかをチェックする。
オカダ:近くに吉野家がどうしてもない場合は違う牛丼屋に入ったりしますけどね。さすがにロス大会の時は諦めましたけど。僕のルーティンのひとつなんで、けっこうドキドキしました。ビッグマッチのときって、他の細かいことは忘れたりするんですけど、牛丼の食べ忘れだけはないです(笑)。そこから試合に向けて気持ちを上げてくんです。(本書242〜243ページより引用)
一方、「吉野家なんかもまだあまりなかった」時代には練習生で貧しく、おかずすら買えなかったと振り返るのは、ヒール軍団『極悪同盟』の顔役として一斉を風靡したダンプ松本。「そのころのぜいたくなごはんは?」と聞かれ、こう答えている。
ダンプ たしかケンタッキー(ケンタッキーフライドチキン)ができたくらいの頃で、マイパックが420円くらいだった気がするんだけど、それを食べるのがうれしくてうれしくて! 500円出すのって大変なんだけど、喜んで買って食べてた記憶がある。あれは最高のごちそうだったね~。
──まだファストフードが新鮮な時代でもありますしね。
ダンプ そうだね、本当に喜んで食べてたから。今でも(チキンの)食べ方は本当きれいだよ! 骨まできれいに食べちゃうもん。今の若い子って食べ方が汚いでしょ? ちょこちょこ食べて残したりするじゃん。もったいないって思うよね。自分なんかもう「ネコも食べないぞ!」ってくらいの感じになるから。(本書303ページより引用)
このように、ファストフードひとつとっても思いはさまざま。そういう意味でも本書は、「食べる」という行為の意味を再認識させてくれる。一度でもプロレスにハマった経験がある人なら、きっと感じるものがあるだろう。
『レスラーめし』
J・大坪ケムタ/著
ワニブックス
2019年1月発売
文/印南敦史
作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。音楽雑誌の編集長を経て独立。複数のウェブ媒体で書評欄を担当。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』などがある。新刊は『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)。