文/鈴木拓也
筆者のような門外漢が、「考古学調査」と聞いて思い浮かべるのは、発掘現場で出土した土器を、刷毛できれいにする作業といったものだろうか。
そこには危険な雰囲気はみじんもなく、どちらかといえばまったりした空気が流れているように思う。
だが、時と場所によっては、まさに身が危ぶまれる体験をすることもある。特に海外の人里離れた過酷な環境では。
そうした危難に遭った3人の考古学者の著した書籍『考古学者が発掘調査をしていたら、怖い目にあった話』(ポプラ社)を、今回は紹介しよう。
サハラ砂漠で道に迷って立ち往生
1人目は、駒澤大学の大城道則教授。
ラジオ番組で菊池桃子さんが、「エジプトが好き!」と言ったのがきっかけでエジプト学者を目指し、今も古代エジプトを主軸に研究活動を続けている。
長い研究生活で何度か怖い目にあっている大城教授だが、10年ほど前にサハラ砂漠で立ち往生という体験もしている。そのときのメンバーは、日本人とエジプト人からなる5人。行先は、砂漠のオアシスに残る小さな神殿。
舗装道から外れて、道なき道を四輪駆動車で疾駆して目的地に到着。神殿は小高い丘の上にあり、そこから見える光景は、ひたすら砂と土ばかり。
調査を終え、もと来た舗装道へ戻ろうとしたが、こともあろうに道に迷ってしまう。しかも進むほどに低木や土もなくなり、一面が砂となっていく。
まさにここは砂漠であった。何度か砂の山を乗り越えながら進んでいると、すとんと突然周りを360度砂山に囲まれてしまったのだ。なぜだかわからないが、すっぽりと穴の中に入ってしまったような感覚であった。視界に入ってくる周りの景色はすべて砂色なのだ。(本書95pより)
携帯電話の電波も通じないなか、車は砂山を乗り越えることができず、みな焦りはじめる。窮余の一策として荷物を車からおろして軽くし、何度かトライしてやっと脱出できたという。
地下の墓所に閉じ込められる
同じく駒澤大学の角道亮介准教授も、怖い体験を「たくさん」している。
最初の体験は、博士課程に入って北京大学に留学したときのこと。北京から遠く離れた周公廟遺跡に長期の発掘調査に赴き、遺構の実寸大の図面を描くという仕事を与えられた。
そこは10メートルの深さに掘られた20平方メートルの墓室。そこで黙々と図面をとっているうちに日が落ち、ほかの作業員はみんな帰宅してしまった。
懐中電灯の明かりを頼りに、なんとか図面を作成し終えたのが夜の8時過ぎ。いざそこから出ようとすると、出入り口が閉まっていることに気づく。地上に守衛がいるはずだが、そこまで声は届かない。
月のない真っ暗闇の夜、まったく音のしない地下の墓、という状況もなかなかのものだったが、より切実だったのは寒さである。夜になると凍るような寒さが押し寄せ、このまま朝を迎えるまでに凍死するのではないか……という不安が胸をよぎる。(本書116pより)
さいわいにも1時間くらいして、守衛が気づいて出口を開けてくれて、ことなきを得た。ちなみに、このときこの墓所の報告書はいまだ刊行されず、角道教授は「図面がまずすぎて世に発表できない」のだろうかと恐れているそうだ。
酒の勢いであやうくケンカに
3人目は法政大学の芝田幸一郎教授。
研究フィールドはペルーで、1996年の初渡航以来、アンデス文明期の遺跡の発掘を行ってきた。
それが起きたのは、半年におよぶ発掘調査に参加したときのこと。メンバーは大人数の男所帯で、電気も通っていない寒村を拠点にしていた。娯楽と呼べるものもなく、長くいればメンバーたちのストレスがたまり、荒んだ雰囲気も漂ってくる。
そんな折、車で1時間ほどの村で、祭りが開かれるという情報が入ってきた。ペルーの祭りでは、酒と音楽とダンスがつきもの。貴重な息抜きの機会だと、何人かで出かける。
その場で、飲んで踊ってストレスが抜けてきたところで、地元の若者らが、こちらに侮蔑的な言葉を吐いているのを、日本の友人から耳打ちされる。その友人はキックボクシング経験者。一緒にケンカをふっかけようという心づもりだ。酔いが回っていることも手伝って、誘いに乗りそうになった。
本当に酒は怖い。お世話になっている先生達に迷惑をかけるという当たり前の予想が脳みそから出てこない。怪我をしたら発掘作業に支障をきたす。大きな町の病院へ行くときは先生たちが仕事時間を割いて付き添う。そして酒に酔った日本人考古学者が乱闘騒ぎを起こしたなんてニュースでも流れようものなら、今後のプロジェクトにどんな障害が待ち受けるかわからない。(本書164pより)
その瞬間、残った理性から閃きが飛び出した。以前、ペルーでの発掘に初参加してのオフタイムで、ディスコテカ(日本のディスクやクラブに相当)で、ご当地のダンスに空手の動きを混ぜた即興の踊りが、思いのほかウケたのを思い出したのである。
さっそく、友人とともに「相対してスパークリングをしているような、形の演武をしているような」かんじで、どことなく戦うように踊った。それが周囲の関心を引き、人だかりができた。一方、くだんの若者たちはいなくなっていた。もし、勢いにのまれてケンカ沙汰になっていたら、今の芝田教授はなかったかもしれない。
* * *
本書を読んで、「そんな怖い目にあうなら、もっと安全な所へ行けばいいのに」とも思いかけたが、考古学の研究はロマンが不可欠という一面もあるのだろう。また、「怖い」と「おもしろい」は表裏の関係にあるそうで、怖い思いをしたぶん、おもしろみも増すらしい。自分も秘境探訪に出かけたくなる、そんな1冊であった。
【今日の教養を高める1冊】
『考古学者が発掘調査をしていたら、怖い目にあった話』
文/鈴木拓也 老舗翻訳会社役員を退任後、フリーライター兼ボードゲーム制作者となる。趣味は神社仏閣・秘境巡りで、撮った映像をYouTube(Mystical Places in Japan)に掲載している。