文/鈴木拓也
コロナ禍で在宅時間が増え、書物に向かう人が増えているという。
一方で、スマホ慣れした現代人には、本1冊読み通すのに苦労するという一面も。頑張って熟読しても、なかなか頭に入らないのは、もしかして「スマホ脳」になったから?
否、それはスマホ脳とかでなく「熟読の呪縛」だと言うのは、書評家の印南敦史さんだ。
印南さんは、年700冊の書評を書く、この分野のトップランナー。
さぞや速読の達人かと思いきや、「読むのは遅い」と、著書『遅読家のための読書術』(PHP研究所)で告白する。謙遜ではなく、「いくら熟読しても、実際には忘れていることのほうが多い」現実に悩む日々もあったという。
おそらく、いろいろと試行錯誤があったのだろう。印南さんがたどり着いた結論は、「すべてを頭に叩き込むことを前提とした読書ほどムダなものはない」というもの。書籍の中身を丸ごと把握しようとするのではなく、「価値を感じられるような1%に出会うこと」にシフトする。これが「熟読の呪縛」から解放される最適解だという。
1日1時間の読書で1冊読み切る
そんな印南さんが、『遅読家のための読書術』で具体的に提唱するのが、「フロー・リーディング」という読書法。
「フロー」とは「流れる」という意味で、「その本に書かれた内容が、自分の内部を“流れていく”ことに価値を見いだす」やり方だという。速読ではなく流し読みに近い感覚だが、コツがいくつかある。例えば、
できれば、本は「1日で1冊読み切る」のが理想的です。毎日違う本が自分のなかを通り抜けていく状態をつくるのが、フロー・リーディングの基本的なかたち。僕自身、ブックレビューを書くための本は、必ず1日で読み切るようにしており、絶対に次の日に「持ち越さない」ように心がけています。(本書より)
通勤カバンに読みかけの本が何日も入ったままというのは、「読書を習慣化したいのにできていない人」に共通する悪い特徴。小説のような熟読すべき本は別として、1日の読書時間のおすすめは、トータルで1時間。朝・昼・就寝前などと時間をばらけて読んでもよいが、朝がゴールデンタイムとのこと。
小見出しで読み飛ばしを判断
1冊=1時間という制限があれば、いきおい流し読みだけでなく飛ばし読みも必須となる。ただ、これもやみくもに飛ばせばいい、というわけでなくてルールがあると、印南さんは説く。
その1つが、小見出しを見て、読み飛ばすかどうかを判断するというものだ。
いうまでもなく小見出しは、そのユニット(単位)の内容を端的に表現したものです。「ここにはこういうことが書いてあるんだよ」と伝えるためにあるので、ここを見て「必要ないかな」「読みたくないな」と感じたなら、迷わず読み飛ばせばいい。(本書より)
漏らさず読むのが当たり前だった人には、心理的抵抗は大きいかもしれない。しかし、意外だが多少スキップしても、筋を見失わず、内容にはついていけるという。特にビジネス書や新書。これらは、「短時間でサッと読める」ことを想定しているので、やりやすいそうだ。
他にも、ビジネス書に多い「著者の自分語り」は積極的にスキップするなど、飛ばし読みのポイントは幾つかあって参考になる。
線を引いても忘れるだけ
では、多くの読書家がやっている「線引き」はどうか? 重要な行に赤ペンやマーカーを引くのは、しっかり記憶にとどめる意味で有用に思えるが……。
実は、印南さんは、この方法はすすめていない。自身、書評家への道を歩み始めた頃はしていたそうだが、間もなくやめたという。理由は単純で、線を引いても忘れてしまうからだ。
たしかに線を引きながら読書すると、なにかアクティブなことをしているような気になれます。読み終えた本をパラパラめくったときに、あちこちに線が引かれているのを見て、「おー、よく読んだな~」という不思議な満足感も得られたりします。
でも、それだけなのです。本からなにかを得たと「勘違い」しているだけで、翌日にはすべては記憶の彼方に流れ去ってしまっています。(本書より)
線引きも、「熟読の呪縛」の延長線上にあるものに過ぎず、読書をストレスフルなものにするというのもある。フロー・リーディングをマスターしたいなら、思い切ってペンとはさよならしよう。
引用が読書体験を深める
勘違いしてはならないのは、フロー・リーディングとは、ただ字面をなぞって、多読家をきどることではない点。
何よりも大切なのは、本が持つ価値をしっかり自分のものとすること。その方法についても印南さんはいくつか紹介している。その1つが、読書しながら(あるいは読後に)行う「1ライン・サンプリング」という手法。
A4用紙を用意し、気になった部分をどんどん書き写していくのです。「ここは忘れたくないな」と思うところに出会ったら、冒頭に「ページ数」を記載し、本文をどんどんストックしていくということ。なお、引用するときは、「段落丸ごと」などではなく、なるべく短く、数行に収まるような分量がいいと思います。(中略)
本を読み終えたら、ぜひその引用だけをじっくりと読み返してみてください。(本書より)
こうして書き並べた引用文が、読み手の血肉となり、深い読書体験がもたらされるわけだ。さらに、1ライン・サンプリングを終えた後に行う「1ライン・エッセンス」「1ライン・レビュー」というのもあり、詳細は割愛するが手軽に読書を深化させる効果があるとも。
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印南さんは、巻末の対談で「1冊のうち1割、場合によっては、1行だけでも心に響くフレーズが見つかれば、その人にとってその読書は大成功」だと語っている。1冊のすべてを咀嚼しようと悪戦苦闘している人にとって、この言葉は至言だ。カジュアルに流れるような読み方から得るものは、1冊の熟読よりきっと豊かなものであるはずだ。
【今日の教養を高める1冊】
『遅読家のための読書術』
文/鈴木拓也 老舗翻訳会社役員を退任後、フリーライター兼ボードゲーム制作者となる。趣味は神社仏閣・秘境巡りで、撮った映像をYouTube(Mystical Places in Japan)で配信している。