味覚障害について
おいしく味わって食べることは人生の大きな喜びですね。そのためには丈夫な歯と顎、そして健全な味覚と唾液が重要です。ところが現在、我が国では味覚障害に悩む方が増加しています。その原因の一つとして、唾液分泌が低下する「ドライマウス」が知られるようになりました。一方、味覚障害およびドライマウスに対する診断や治療は、医科・歯科を問わず一般に十分に認知されているとは言えず、人知れず悩んでいる方が大勢いるのが現状です。そこで、本記事では「うま味」を用いて味覚障害及びドライマウスを改善する方法をお伝えします。
最近は、食に関する関心が高まり、雑誌やテレビなどで「味覚」という言葉をよく耳にするようになりました。味覚は、口の中や内臓の感覚、嗅覚、さらには気分や感情、記憶などが合わさって脳が感じる総合的な感覚であり、健康とも深く関わっています。一方、味覚障害は他の感覚障害とは異なり、自覚症状に乏しく気づきにくい疾患です。今回は味覚や味覚障害について概要をお伝えし、味覚障害と唾液の深い関係性についてもお話ししていきます。
味覚の役割
味覚は、苦味、酸味、甘味、塩味、うま味の5種類の基本味から成り立ち、口の中に入れて良いものと悪いものを識別する本能的な役割を担っています。例えば、苦味は毒物の、酸味は腐敗物のシグナルです。ですから、動物は苦みや酸味があるものを口には入れません。ヒトが苦みや酸味のある食べ物を口にするのは、生後に学習した嗜好によるものです。一方、甘味は糖分、塩味はミネラル、うま味はアミノ酸のシグナルですから、ヒトも動物も必要な時に積極的に口に入れます。
ヒトにおける味覚は単に摂取すべきものと摂取してはならないものとの識別を行うだけではなく、食べ物をおいしく味わい、豊かな人生を送るための重要な感覚であり全身の健康と深く関わっています。
味覚地図はホント?
味覚を最初に受け取るのは、舌にある味蕾(みらい)です。味蕾は味細胞の集合体で、舌の表面に2,000~8,000ほど分布しています。なお、味蕾は軟口蓋(なんこうがい)や喉頭を覆う上皮にも一部存在します。さて、味を感じさせるのは唾液に溶けた「呈味(ていみ)物資」ですが、呈味物資は唾液を介して味蕾にある味孔(みこう)に入り味細胞に達します。味細胞はI~IV型の4種類の形態に分類されます。これらの細胞には、5つの基本味(甘味・苦味・塩味・酸味・うま味)を選別して感知する受容器があることが明らかになっています。このうち、II型細胞は甘味・苦味・うま味を、III型細胞が塩味と酸味を受容します(ちなみに、I型細胞は支持細胞、IV型細胞は基底細胞です。これら複数の味細胞で構成される味蕾は、舌に広く分布しています。すなわち、舌のどの味蕾にも5種類の味質に対応する味細胞が存在するわけで、舌のどの部分でも5種類の味を感じられるのです。
サライ読者の世代には、1894年にドイツの心理学者.Kiesowが発表した「味覚地図」に馴染みがあるかもしれません。この地図では、甘みは舌先、苦味は付け根、酸味は舌の縁でのみ感じると誤って伝わっていましたが、現在では味覚地図は科学的に正しくないということが分かっています。
味覚はどう伝わる?
「味覚は味(み)蕾(らい)が感じる」と誤解されやすいのですが、そうではありません。味覚は脳が感じる感覚であり、味蕾は味覚を受容するに過ぎないのです。食品等に含まれる味物質は(唾液に溶けて)味蕾の味細胞で受容され、この情報は口腔感覚や内臓感覚とともに脳の延髄に入ります。味覚が口腔の状態(入れ歯の調子が悪い、口内炎など)や内臓の状態に左右されるのはこのためです。延髄からの情報はさらに上位の中枢に伝わり、最終的に大脳に伝わります。この過程で、気分・感情・記憶さらに嗅覚や視覚が合わさります。すなわち、味覚は多くの情報が統合された総合感覚なのです。したがって、味覚障害の原因は多岐にわたり、口腔、内臓、心理、嗅覚など様々な障害によって生じるわけです。
【続く】
文/笹野 高嗣(ささの たかし)東北大学名誉教授
1979年東北大学歯学部卒、1998年東北大学教授(口腔診断学)。これまで、東北大学歯学部附属病院長、東北大学歯学部長、東北大学大学院歯学研究科長、東北大学病院総括副病院長、日本口腔診断学会理事長などを歴任。長年の研究に基づいた診療技術はテレビや新聞などに数多く報道されている。現在、医療法人 徳真会顧問、NPO法人うま味インフォメーションセンター理事。